ファントム 下

ファントム 上」に引き続き、「下」の感想です。

ファントム〈下〉 Book ファントム〈下〉

著者:スーザン ケイ
販売元:扶桑社
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部屋主の独断ランク:

   作品全体ランク:

だいぶネタバレ注意です。

あらすじらしきもの

5.「ナーディル 1850‐1853年(承前)」

ペルシャで皇帝(シャー)たちの退屈しのぎを請け負い、麻薬と殺人に溺れながらも、建築をはじめとした自分の天才的な技術の伸ばしていくエリック。しかし次第に彼は傲慢で愚かな皇帝たちに苛立ちを感じはじめ、ついには公衆の面前で皇帝を叱責してしまいます。

皇帝に逆らったものは容赦なく権力の座から落とされるのが風習のペルシャで、この行動は命取りでした・・・

6.「エリック 1856-1881年」

ついに人間的な喜びを愚かしい幻想として割り切り、人生を諦めてしまったエリックは、憎むべき生家をこの世から抹殺するために、数十年ぶりに故郷へと足を運びます。

壊れていると思っていた生家でエリックは、幼い頃、彼の面倒を母に代わって見てくれていた「マリー・ペロー」と再開します。彼女はエリックにある事を伝えました。その事実はエリックをより絶望の淵へと追いやるものでした。

その後、「ガルニエ」が「オペラ座」を建設するという情報を入手したエリックは彼に会いに行き、その建築に携わろうとします。結果として責任者の1人となったエリックは、滞る建設に自分の財力と能力を注ぎ込むと同時に、地下に自分だけの世界を作ることに成功するのです。

こうして「オペラ座の怪人」となったエリックは、1人の少女「クリスティーヌ」と出会います。決して上手ではない上、まるで魂のこもってない歌声のクリスティーヌですが、その声帯は完璧な能力を秘めていました。そしてエリックは次第に彼女に惹かれていくのです・・・

7.「エリックとクリスティーヌのフーガ 1881年」

父の死後、絶望という名の牢獄に囚われているクリスティーヌは、生前、父の言っていた「音楽の天使」が自分のところに舞い降りてきて自分を救ってくれるのを待っていました。それを知ったエリックはクリスティーヌの力になるために音楽の天使として声だけで彼女の前に現れます。

エリックのおかげで心の檻から開放されたクリスティーヌは、本来の才能をエリックの指導により開花させ、急速に実力をつけていきます。そしてエリックが用意した舞台で、クリスティーヌは大成功を収めるのです。

そんなクリスティーヌを見つめる男が1人。彼女の幼馴染で、新しくオペラ座のパトロンとなった「ラウール」でした。若くて美しい彼は、その真っ直ぐな想いでクリスティーヌに求愛します。

それを良しとしないエリックは、クリスティーヌの前についに姿を現し、彼女の地下の自分の世界へと導くのでした。音楽の天使だと思っていたエリックの正体に困惑しながらもエリックに惹かれ、同時にラウールのことが頭から離れずに悩むクリスティーヌ・・・

果たしてクリスティーヌの選択は・・・

8.「ラウール 1897年」

オペラ座の地下で起こったあの事件から十数年。ラウールは天才ピアニストとして活躍している息子の「シャルル」とともにオペラ座にやってきました。

そして2人は、かつて「オペラ座の怪人」の指定席だった5番のボックス席へと向かいいます・・・

部屋主の感想

「ナーディル」編の感想ですが、物語的には「上」の「ナーディル」編と同じくたいして面白くはないです。

ですが、自分が毒殺されかかった時のエリックの態度や、ナーディルの息子「レイザー」の死、自分を慕ってくれていたレイザーを助けられずに哀しみと罪悪感に潰されそうになるエリックと、それをどうしようもなかったナーディル、そして、自分の命と引き換えにエリックを救おうとするナーディルとの友情と約束の場面と、見所はいっぱいです。

今後この約束を健気に守るエリックの苦悩が非常に熱いです。部屋主も約束事には異常に拘る性質なので、エリックの苦悩には非常に共感できます。己を苦しめる約束なんか破ってしまえば楽なのにと思うのですがそれができないんですよねぇ・・・(まぁ殺人なんで仕方ないですが、それ以外のこともここでは暗に約束させられたと思っています)。

続く「エリック編」は好きですね。母の真実と、運命の残酷さを知って絶望してしまうエリックの切なさには胸を掻き毟らずにはいられなくなります

また、ガルニエとの出会い時には、とある過去からの助けがあるのですが、ここはちょいとホロリときました。「モノレールねこ」のときにも書きましたが部屋主はこういうのに弱いのです。

いつも以上にごく個人的なことで恐縮なのですが、ここでは(というかここ以降)、エリックが「ファウスト」と自分をを重ねる場面がところどころあります。この「ファウスト」という作品は高校生の時に初読して以来、部屋主の性格形成への影響がけっこうあったりするんですよね。何度か部屋主自身の思考とファントムの思考が似てると書いてきましたが(これ以降はやたら共感する場面が多いですし)こういう点からも共通点があったみたいで実に興味深いです。

ここではあと、クリスティーヌに惹かれれていくエリックは痛々しいです。そして、男としてではなく、彼女の望む音楽の天使としてならその能力が自分にはあるという考えに至るあたりも泣けてきます

そしてようやく物語は「オペラ座の怪人」の本編に当たる、「エリックとクリスティーヌのフーガ」に入るのですが、ガストン・ルルーの原作小説よりも、映画版の「オペラ座の怪人」よりも、エリックやクリスティーヌの心の動きが巧みに描かれているので、とてもいい感じです。

クリスティーヌの声に出会ったときのエリックの怖がりようからはじまり、クリスティーヌも孤独と絶望を抱えていたこと、クリスティーヌの舞台の成功を見て生まれて初めて「これが幸福なのだろうか」と感じるエリックの姿には心をうたれます。

「幸福」を「幸福なのだろうか」と疑問系としか感じられないんですよ・・・なんて悲しいことでしょう。部屋主もずいぶんと幸福から遠ざかってる(と思ってる)人間なので、きっと幸福を幸福として感じられない、もしくは幸福として認識できない可能性があるので、このエリックの気持ちは痛いほどよくわかります。そのためにより幸せから遠ざかってるのがまた痛いです。

また、ラウールの若さと美しさに嫉妬し、同時に彼から一時の勝利を得ても、自分に対して恥辱と絶望を感じる様は読んでいて痛いです。何をやってもつきまとう絶望感を拭い切れないあたりも部屋主とそっくりなんですよ。ほんと読んでいて苦しいです。

クリスティーヌやラウールが光溢れる地上の住人であることと、自分が闇の住人であることに対する負い目のようなものも見ていて辛いです。もちろんこのへんも部屋主とそっくりだったりします。これもほんと辛いんですよね。特に恋愛関連においては・・・

なので、ウェディングドレスのエピソードなんか痛々しくて読んでられなくなります。望みながらも望んではいけないと自己嫌悪するエリックの姿は見てられないです。

でもって、普段は優しいのに、厳しくしなければいけないところは厳しくするあたりも素敵です。クリスティーヌを愛し、大事にする一方で、その才能を伸ばす努力を怠る彼女を叱責するあたり、エリックのカッコよさだと思います。

ただそれを優しさと感じつつも苦しくなるクリスティーヌが痛いです(エリックが癇癪持ちというような理由もありますが)。よかれと思ってやってることが常に裏目に出る。エリックの人生は常にこんな感じで泣けます・・・

そして、「オペラ座の怪人(映画版)」でももっとも切ない書いた場面へと物語は展開していきますが、ここはこの小説でも最も切ない場面の1つとなっています。

クリスティーヌがラウールに惹かれてることがわかっているので(というか元々エリックはクリスティーヌに対する想いはかなり複雑ですし)、彼女を手放す覚悟を決め、己の誇りとクリスティーヌの幸せだけを祈る心、それにクリスティーヌが自分との約束には誠実に応対してくれるという想いだけが、彼女との別れを可能にするとエリックは思っていました。

ただ、それと同時にほんの少しの期待をもって、かつて見限ったはずの神へ、クリスティーヌが自分のもとへ帰ってきてくれるのを子供のように切望するところは、とにかく痛くて痛くて・・・涙が溢れてきます。

神へ祈りを捧げようと少しでも高いところへと向かったオペラ座の屋上でエリックは、彼から少しでも逃れようとしたクリスティーヌとラウールの姿を発見し、クリスティーヌの裏切りを知るのです。ここの神の罰とクリスティーヌの裏切りに対する、数ページにわたるエリックの怒りと慟哭、そして真の「オペラ座の怪人」へと堕ちていく様は、涙なしでは読めません

クリスティーヌの裏切り行為は最低だと思います。ただ、この小説ではクリスティーヌのエリックに対する想いの揺れ動きも、非常に繊細に表現されています。原作や映画では、この辺に厚みがないので、どうにもクリスティーヌが嫌いになってしまうんですが、この小説を読むとそれなりに納得できてしまったりします。

悲しいけれど「あぁ、これは仕方ないな・・・」って。エリックを裏切った後のクリスティーヌの独白(↓に抜粋してあります)もかなり痛々しいですしね。実は愛し合ってるのにすれ違っているだけのようにも見えるんですよ・・・

これらの結果本物の怪物成り下がったエリックがクリスティーヌを誘拐しラウールの拷問にかける場面にうつるのですが、ここでもやはりエリックが悲しいです。徐々に自制が聞かなくなりながらの叫び、特に自分の蜘蛛を重ねたエピソードは痛いです。

そうやって嘆きながら、悪魔に魂を売っても結局は救われないことを感じはじめるあたりも痛いですね。どこに進んでもエリックには救いはなかったわけで・・・だけれどクリスティーヌを責めることしかできず、互いに落ちるところまで落ちていく感じはページをめくる手を止めたくなります。

そしてどん底にまで落ちた時のクリスティーヌの「何がお望みなの?」という質問に対するエリックの答えには愕然となりますそんなものがと思うと同時に、そんなものすら手にすることのできなかったエリックの人生を考えると涙が溢れて止まらなくなります・・・

そして、ラストの「ラウール」編の感想ですが、ネタバレするとあれなのであまり詳しくは書けません。ただ、かなり賛否両論のどちらかに分かれるかと思います。

部屋主個人としては、どちらかといえば否の方です。ファントムは映画版のラストのようでカッコよくあって欲しいと思うからです。あの態度こ「オペラ座の怪人」に相応しいと思います。

ただ、この小説版のラストでエリックは救われてると思うのですよ(もちろん映画版でも救われてるのですが、より一層という意味で)。そう考えるとこの結末も受け入れたくなるんですよね。

と、同時に、ラウールの人間的成長が素敵だったりします。同じ女性を「愛した」もの同士どこか通じるものがあるのでしょうかね・・・敵対関係にあったはずの男同士ののこういう隠れた友情のようなものはけっこう好きであります。

なおこの小説の評価には、部屋主の「ファントム(エリック)」贔屓が多分に入ってますので、いつも以上に独断的なランクになっております。

と、シャンデリアに巻き込まれて死んだ人はいなかったと思いたいところです。

この本の部屋主のグッときた台詞

苦痛などとんでもない・・・後悔の念に・・・この無念さに比べれば!」byエリック

毒を盛られ余命もって10日と宣告されたときの台詞です。苦痛よりも、建設中の宮殿がどうなるかが気になってる、完璧主義者の芸術家らしい彼の性格がよく出てる言葉かと思います。自分の苦痛よりも命よりも作品の完璧さを求めるエリックの姿が素晴らしいと思うのは部屋主だけでしょうか。

キミが何を信じようと、君には良心がある―そして今夜、私が君の良心の監視役になることにしたんだ。これから、どこへ行って何をしようとも、私の前に恥じないよう―それこそ君がこれからの一生をかけて支払う代償なんだ。もうこれ以上、決して、殺人をおかしちゃいけない」byナーディル

幼い頃から身にかかる火の粉を殺人という手法で解決し、殺人そのものへ何の躊躇もないエリックへ、自らの人生をかけて防衛以外の殺人をしないようにと約束させる場面のナーディルの台詞です。

これに対し、殺人を中毒だから止めるのは無理というエリックですが、「どんな中毒も克服しようという意志さえあれば克服できる」とバッサリ切り捨てるナーディルがまた素敵です。でもってまったくもってその通りだと思います。

罪の意識というのは、人間の中で一番悲しいものだ。しかし、愛情とは違って、それは、もつれた紐の中で抱き合ってる者たちに温かさを与えず、ただ燃え尽きるだけの火なのだ」byエリック

部屋主の主成分は、罪の意識とそれによる自己嫌悪と後悔なので、この言葉が身に沁みます。「続 氷点 下」の記事でも触れましたが、罪を自覚しているものは何をもって救われるのでしょうか。

私の愛は見せかけだけの壊れたつまらないおもちゃ―エリック・・・私などあなたの涙に値しないのです」byクリスティーヌ

なぜこうなるんでしょかねぇ・・・「この世で私があなたがに愛されたように愛された女はいないでしょう」とわかっていながら・・・

私は結婚式には行かないようにしている。~皆に出てくれと言われて困るのだが・・・。結婚式に行くとつい泣いてしまう。だから行かない方がいい、だが、招待状は大切にとってあるんだ―引き出し一杯招待状さ―」byエリック

こうせざるをえない人生を歩んできたことと、この発言をしたときのエリックの想いを考えるとホロリときます。

多分エリックはほほえんだのだと思う」byラウール

はっきりとしたことはちゃんと意識して読んでなかったのでわかりませんが、この物語の中でエリックが笑ったのはここだけのように思います。泣けると同時に、清々しさを感じました。ここで笑顔を出せる決断をしたエリックは素敵です。

ほとんど後悔もなく」byラウール

ここに「ほとんど」がついていてほんとにありがたいです。これが後悔もなくだと、どうにもしまらないと思うのですよね。

この本から部屋主が選ぶ格言

人間の罪悪のうちでもっとも悪い、情報不足の無知によって」byエリック

無知は罪なのかと昔真剣に悩んだことがあります。今のところ罪悪だという結論に達しています。ただ、知ってて何もしない(できない)のと、知らないとではどちらの方が罪悪なのかという問題ではずっと悩んでいます。

後悔ってのは、人の一生を飲み込み、破壊し、最後には惨めさと絶望だけにしてしまう」byエリック

その通りかと。部屋主は後悔型人間なのでよくわかります。ですので後悔しないように人は頑張らねばならないのだと思います。

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ファントム 上

オペラ座の怪人(映画版)」の記事の中で少し紹介した、読んでいてとても痛い小説です。部屋主自身とどこか似ている「オペラ座の怪人」の主人公「ファントム」の人生を描いた小説です。

ファントム〈上〉 Book ファントム〈上〉

著者:スーザン ケイ
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部屋主の独断ランク:A

   作品全体ランク:

多少ネタバレ注意です。

あらすじらしきもの

後に「オペラ座の怪人、ファントム」と呼ばれることとなる、「エリック」の哀しき人生の軌跡です。

1.「マドレーヌ 1831-1840年」

1831年、フランス。恵まれた環境に生まれ、お姫様のように育ってきた「マドレーヌ」は、父、夫を次々と亡くし、失意の中で長男「エリック」を出産します。けれど、彼女の希望となるはずだったエリックは、この世のものとも思えない恐ろしい容貌をしていたのでした・・・

あまりにも醜い我が子をどうしても愛せないマドレーヌは、エリックに仮面を被せ自宅に閉じ込めてしまいます。しかし、エリックの天才的な頭脳は、幼くして建築学を極め、その音楽的センスと声は聞くものの心を捉えて離しませんでした

様々な苦悩の末、少しずつ精神に異常をきたしていくマドレーヌ。それにともない次第に傷ついてゆくエリック、そして・・・

2.「エリック 1840-1843年」

8歳にして独りを選んだエリックは、飢えに耐え切れずにジプシーの食料を盗もうとするのですが、そこで見世物小屋をしている興行師「ジャベール」に捕まってしまいます。そしてその容貌のため檻につながれ、見世物としての最低の生活がはじまるのでした・・・

3.「ジョヴァンニ 1844-1846年」

偉大な「マスター・メイスン」であった「ジョバンニ」は、ある日建築現場で仮面をつけた奇妙な少年エリックと出会います。

ジョバンニはエリックの天才としかいいようのない能力を認め、我が子のように可愛がり、自らの知識と経験を教え込みました。エリックはそれを次々と吸収していき、いつしか2人の間には絆が生まれようとしていました。しかし・・・

4.「ナーディル 1850-1853年」

ペルシャの警察署長を努める「ナーディル」は、「シャー(皇帝)」から退屈しのぎのために世界一の奇術師を呼んでこいと命令されます。

神のように歌い、想像もできない不思議なことをして見せるという奇術師・・・彼こそは青年へと成長したエリックでした。

部屋主の感想

ガストン・ルルーの原作小説でも、先日紹介した映画「オペラ座の怪人」でも、しっかりとは描かれてはいなかった「オペラ座の怪人」こと「ファントム」に、「エリック」という名前を与え、彼がどのような人生を送ってきたかを描いた傑作です。

部屋主個人としましては、「オペラ座の怪人(映画版)」に勝るとも劣らない作品だと思っています。また読んでいて心が痛くなり泣けてくる部屋主の小説ランキング上位ランカーだったりします。

さて、「マドレーヌ編」の感想ですが、最初のエリックの誕生場面からしてその理不尽さに苦しくなります。ただ外見が醜いというだけで忌み嫌われ、生まれた瞬間から否定されてるところはもうとにかく読んでいてただただ痛いです。

その後も、その顔からキリスト教的な社会では悪魔として忌み嫌われるとし、自宅の屋根裏部屋に監禁されるという悲しさ。誕生日のエピソードなんかひどいものです。そして敬虔なカトリックとして育てられたエリックが神を呪い、歪んでいくところなんかはもう・・・

同時に、どうしようもなく苦悩してエリックを虐待し、そして壊れていくマドレーヌの姿も痛々しいです。エリックがなまじ天才なのでそれがまた彼女の苦痛を増してる面もあったりですし。

そしてマドレーヌとのラストは本当に悲しいです。こういう運命の悪戯が人生を狂わせていくのでしょう・・・泣けます。ここだけはマドレーヌの気持ちが痛いほどわかります。こういう風に気づいた時にはもう遅いという別れを経験したことある人はけっこういるんじゃないでしょうかね・・・

またエリックの母に対する想いもまた哀しいです。

次いで「エリック編」ですが、ここは見世物として働かされるエリックの姿がとにかく痛々しいです。けれど、この章ではそこで色々な知識と技術を憎しみとともに獲得していきながらも、人間的にはどんどん追い詰められていく過程が見事に描かれています。

ジャベールが最低な人間で、エリックのみに感情移入できるので、他のところよりも読むのは楽だったりしますね。他のところはエリックだけでなく、他の人間にも共感する部分があるので、両者の気持ちを考慮するととにかく苦しくなるんですよ。

「ジョバンニ編」も、ジョバンニが良い人間だけにページをめくる指が重くなります。仮面を取ろうとせず、神を信じないといと頑なに心を閉ざすエリックを、息子だと思って己の技術の全てを教えながら、同時に闇の底から引き上げようとするジョバンニの姿は素晴らしいと思います。

ただ、自分の娘「ルチアーナ」のこと話そびれたこと、そのルチアーナが仮面のエリックに恋をしたことがあんな結末になるなんて・・・エリックだけでなくジョバンニについても読んでいてきついです(ルチアーナはわがままで考えたらずなのであまり好きではないので)。

ラストのジョバンニの嘆き(↓に載せておきました)が、これまたキツイです。

「ナーディル」編は、部屋主的にはあまり面白くはないです。原作のつじつまあわせ、エリックの能力向上の過程といった感じでしょうか。

ただ、エリックの苦悩がこれまでよりも彼が成長した分より具体的に言語化されてるように思います。ですので、物語的には面白くないですが、エリックの苦痛はここまでと変わらず上手に表現されています。

この本の部屋主のグッときた言葉

「今、とうとう自分自身より愛してることが分かったのだ。部屋に入って鏡を覗くと、そこにはもう、自分の運命の残酷さを嘆き悲しむ甘やかされた無力な女はいなかった。その代わり、生まれて初めて成長した女の姿を見たのだった。今まで犯した過ちを償うのにまだ間に合うかもしれない。間に合わさなければならない。明日、あの子の見ている前で仮面を全部燃やしてしまおう」byマドレーヌ

マドレーヌがようやくここまで成長したのが余計に辛いです・・・

残酷と憎悪に耐えて生きていくことはできたかもしれない。だが、いかにも耐えがたかったのは、他人の幸せであり、いくら才能があっても人間として受け入れられはしないと不意に気づいたことだった」byエリック

この言葉自体もですが、こういう思考に至る過程が泣けます。エリックと比較すると全然幸福な部屋主ですが、たまに他人の幸せに耐えられないことがあります。我ながら恥ずかしいです。

「死への恐怖を断ち切ったことで、他の生命に対する敬意も失ってしまった」byエリック

ここも、この思考へと至る過程が痛いです。

「エリックのした仕事のできを検査する必要はなかった。エリックにはただ1つ“最高”というスタンダードしかなかったのだから」byジョバンニ

最高というスタンダード・・・これを目指して頑張りたいところです。

「エリック、お前の魂には数多くの美しさがあった。そんな美しさが、私は今、恐ろしいというのも、それがたった1人の年寄りの愚かな行いのために、もう日の目を見ることがないからだ」byジョバンニ

あの結末にはもちろんジョバンニが悪いところがありますが、主にはルチアーナ、そしてエリックの生い立ちに責任があると思います。なのに自分を責め、他人に責任転嫁しないこの姿勢は気に入っています。悲惨なことに何もかわりはしませんが・・・

人を愛する喜びは私には決して許されまい」byエリック

許されないのは顔のせいなのか、それとも己が闇の住人だからなのか。「訪れまい」ではなく「許されまい」なのがポイントのように思います。

この本から部屋主が選ぶ格言

退屈には怠惰と時間が必要です」byエリック

まさにその通りかと。怠惰はいかんと思います。ちなみに人生に退屈している皇帝の母への言葉です。下手な発言をするとすぐ首を切られる世界で、すぐに首を切る相手へこう発言できることが素敵ですね。

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