なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか 若宮健著

パチンコ業界の進出に危惧を抱いている何度かつぶやいたことがありましたが、ちょうど良い感じの本が「樽井さん」の「樽井さんの読書&電化よもやま話」で紹介されていたので購入してみました。

なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか(祥伝社新書226) Book なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか(祥伝社新書226)

著者:若宮 健
販売元:祥伝社
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部屋主の独断ランク:C

内容紹介のようなもの

「韓国にできて日本にできない恥辱

 日本はまともな国といえるのか!?」(帯より

「マスコミ業界、政治家、官僚、パチンコ業界の人間。

 たった数千人の利益のために数百万人を泣かせて、

 21兆円が闇に消えているのが、

 日本のパチンコ業界の現状なのである」(本文より)

「韓国がパチンコを禁止したことを、

 日本では著者が初めてリポートしたが、

 それを報道した日本のマスコミはない。

 その上、韓国以上に被害が大きい日本で、

 なぜ違法な状態のままで

 パチンコが永年放置されて続けているのか、

 素朴な疑問が深まるばかりである。

 なぜ韓国がパチンコを禁止できたかを検証したくて、

 その後、何度も韓国を訪れた。

 その度に浮かび上がってくるのは、

 韓国と比較して救いようのない日本の現状である。

 パチンコの問題に、

 この国の政治、行政、マスコミの実態が凝縮されている。

 なぜ韓国はパチンコを廃止でき、日本はできないのか。

 この問題を日本人も真摯に受け止める必要がある」

 (著者の言葉より)

目次

一章 なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか

二章 なぜパチンコは、廃止されねばならないのか

三章 なぜ日本は、パチンコを廃止できないのか

感想

思っていたよりも内容は薄いと思いました。

個別ケースが豊富なのはよかったのですが、そのほとんどは感想や意見が多く、もう少し大局的なデータなんかも使ってもらえるとありがたかったです。

が、パチンコへの、ひいてはそれを支える政治やマスコミに対する著者の考えには、とても強く共感を感じます。

内容を部屋主的に要約してみますと、

・韓国がパチンコを全廃できたのは政治にスピードがありかつ、しっかりしていたから。

・日本がパチンコを全廃できないのは、献金のためにパチンコ業界を擁護するパチンコ議員の存在、広告費のためにパチンコ業界を批判しないマスゴミ、パチンコ業界への警察官僚の天下り。

といった感じでしょうか。

本文にもありましたが、日本の様々な問題の病根と、パチンコの病根が一致していますね。本当に日本はどこへ向かってるんでしょうか。

パチンコ問題を通して日本の現状が見えてきます。。

なんとかせねばです。

まずパチンコを廃止してその経済効果に期待したいところです。

あと本編とはさほど関係はないかもだけれど、「韓国では軍隊経験を経てる男が多いから、法律で決まったことには潔く従う」や「韓国では身分証明書の携帯が義務付けられている」というあたりに、比較文化論的な面白さを感じました。

抜粋

「俺はその後、一か月くらいでパチ屋を辞めた。

 負ける奴で成り立つ商売やってて平気でいられなくなったわけさ」

「パチンコ、競馬、競輪、オードボート、さらに宝くじにサッカーくじ。これにカジノが加わったらどうなるのか、かつて、中国のナンバー2が、日本を指して「あの国は20年もすれば消えてなくなる」と発言したことがあったが、現実のものとなりかねない」

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死刑 森達也

読みました。

同著者による「ご臨終メディア」や「いのちの食べかた」はオススメです。

死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う Book 死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う

著者:森達也
販売元:朝日出版社
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部屋主の独断ランク:B

内容紹介のようなもの

誰かが誰かを殺す。誰かが誰かに殺される。そんな事態に対して不感症でいたくない。だからできる限りは直視して、そのうえで考えたい。死刑は不要なのか。あるいは必要なのか。人が人を殺すことの意味は何なのか。罪と罰、その償いとは何なのか」プロローグより

死刑とめぐる3年間のロードムービー。

第一章 迷宮への入り口

第二章 隠される理由

第三章 軋むシステム

第四章 元死刑囚が訴えること

第五章 最後に触れる

第六章 償えない罪

部屋主の感想

勉強になりました。

著者が基本的に死刑廃止論者で、部屋主が死刑在置論者だからということもあるかとも思うのですが、どうにもしっくりこない感があるのは確かですが(違うからこそ勉強になったという側面ももちろんあります)。

著者の言ってることに、これまでの作品では感じなかった違和感(迷い)を感じるところが多かったからだと思います(そうなるのは理解できます)。

とはいえ、言葉の一つ一つは今までどおり素晴らしいものが多かったりします。でもその情報から導き出した結論が違うから違和感を感じるのかも知れません。

ううむです。

とにかく冤罪の可能性を考えると難しいのはわかりますが、どうにもしっくりこないです。それを言葉でうまく表現できないのがもどかしいのです(というか部屋主も色々と迷いがありますので)。

死刑という問題は、なかなかに答えが出ない、というか出せない問題なのかもしれません。

となると、冤罪を出来るだけださないシステムを作り出すことに向けて動いていけばいいと部屋主は考えています。テーマと違うのかも知れませんが、そういう風なことについて触れられていなかったのが少し残念な点だと感じています。

また終身刑にした場合、それにつぎ込まれる税金の問題をどうするのかなどについてももっと考えなければならないと部屋主思うのですが、本書ではその辺りついても特に言及はなかったところも残念な点だと思います(もちろん少しは言及されてます。2億5000万円ほどかかっているそうです)。

ただ、死刑という制度そのものについてこの本を読むまで、そこまでしっかり考えてなかった自分に対して少々凹みました。

少々取材対象者がかたよってる気がしないでもないですし、内容も濃いとは思えませんでしたが、自分自身の勉強不足を痛感しました。そういう点では非常に勉強になりました。

今後も死刑について考えていきたいと思います。

抜粋

「何もよりによって死刑制度を題材に選ぶことはないじゃないないかと我ながら思う。でも仕方ない。僕は気づいている。ここにはきっと何かの本質がある。とてもしぶとくて重い本質だ。気づいてしまったからにはもう目を逸らすことはでいない。いや目を逸らすことはできたとしても、視界の端にそれはある。たぶん二度と消えることはない。ならば方法は一つ。直視することだ

こういう著者の考えは素晴らしいと思います。部屋主も直視したいです。またこれを読んでいてくれてるあなたにも直視して欲しいです。

「死刑廃止か在置かはともかくとして、被害者遺族が持つ応報感情に社会全体の治安悪化への不安や恐怖などが重なって、『許せない』や『成敗せよ』のような威勢の良い述語が、今のこの社会に流通していることは確かだと僕は思うこの述語を口にするとき人は、『俺』や『私』などの一人称単数の主語を失い、『われわれ』や『この社会』、『国家』などの複数代名詞を主語にしている。だから述語が暴走する。正義や善意を燃料にして攻撃的となる」

以前に紹介した「戦前の少年犯罪」や「治安はほんとうに悪化しているのか」などを読んでいると、もっと時代の流れと人の考えの流れがどうなっているのかを分析しなければならないと思います。

知らないことを自覚するためには、知らない何かへの想像力が必要だ。死刑にはその想像力が働かない。だから知らない自分に気づかない

まったくもってその通りかと。だから死刑は可視化さねればならないと部屋主は考えています。

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戦前の少年犯罪 菅賀江留郎

アキバの事件があって、また心の闇がどうとか、昔はよかっただのといった言説がマスゴミによって垂れ流されていますが、その認識がいかに間違ったものかということがこの本によってよくわかると思います(なお、決してアキバの事件を肯定してるわけではございませんので)。

戦前の少年犯罪 Book 戦前の少年犯罪

著者:管賀 江留郎
販売元:築地書館
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部屋主の独断ランク:

内容紹介のようなもの

現代より遥かに凶悪で不可解な心の闇を抱える、

 恐るべき子どもたちの犯罪目録!

 なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?

 発掘された膨大な実証データによって

 戦前の道徳崩壊の凄まじさが明らかにされる!

 学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに

 妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!」(表紙より)

第1章 戦前は小学生が人を殺す時代

第2章 戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代

第3章 戦前は親殺しの時代

第4章 戦前は老人殺しの時代

第5章 戦前は主殺しの時代

第6章 戦前はいじめの時代

第7章 戦前は桃色交遊の時代

第8章 戦前は幼女レイプ殺人事件の時代

第9章 戦前は体罰禁止の時代

第10章 戦前は教師を殴る時代

第11章 戦前はニートの時代

第12章 戦前は女学生最強の時代

第13章 戦前はキレやすい少年の時代

第14章 戦前は心中ブームの時代

第15章 戦前は教師が犯罪を重ねる時代

第16章 戦前は旧制高校という史上最低の若者たちの時代

巻末には犯罪年表・統計なども収録されています。

感想

オススメです。

是非とも色んな方に読んで欲しい一冊です。

部屋主は一応犯罪とかには興味があったから多少はこういうことも知っていましたが、まさかここまでひどかったとは予想外でした。

特に意識していない方だと、きっと目からウロコが落ちるのではないでしょうか。

かなり堅い本かと思いきや、語り口は非常に軽妙で皮肉がピリリと効いていて、とても読みやすいです。部屋主なんて思わず笑ってしまったような箇所がいくつもあったりするくらい巧いです。

部屋主が感想で語りたいようなことは全て本文中で述べられていましたので、そこを抜粋させていただきます。

とりあえず、今の日本が腐っていてるのは、その大部分が老害のせいだと部屋主は思っていましたが(国債などの借金問題にしろ環境問題にしろ、自分達さえよければそれで良いという思想)、そのワガママっぷりは今にはじまったことではなく昔からそうだったのだなと、この本を読んで確認できました。

読んでよかったと思います。

なお特に調べなおしとかはしてないです。無責任ですいません。

抜粋

戦前の小学生はキレやすく、簡単に人を殺していたことだけおわかりいただければ。昔は小学生の殺人などなかったと云っているのは、知識がないだけではなく物事を調べるという基礎的学力に欠けた方々なので、そういう人の話はまともに聞かないほうが無難です。他の問題も調べもせずに平気で嘘を云っている可能性が大です

至極な真っ当なマスゴミ批判かと。

年寄りの役割は、昔のことを正しく伝えることにあるはずなんですが。そういう方々の嘘が何のチェックも受けずに新聞やテレビや本を通じて流通してしまうというは、現代は確かに恐ろしい時代ではあります

ほんと恐ろしい時代になったものです。

ニートの不可解は犯罪はキリがありません。大阪毎日や大阪朝日の記者も困ったらしく、精神異常か痴情のもつれかという推測を載せながらもよくわからないと結論づけています。今のように心の闇とか適当なことを言わないだけ誠実と申せましょうか

今のマスゴミはすぐに「心の闇」とか「心のケア」とか無責任なことばかり言いますからねぇ・・・

ひとつ決定的に違うのは、戦前の大人は若者の犯罪に非常に寛大だったことで、若いときのやんちゃは大いにやるべきもので、たとえ大臣殺しであっても、なんだか頼もしいようにさえ受けとめられていたことです

戦前の犯罪が今の犯罪よりも酷いもので数も多かったことはこの本を読めばわかると思います。それでも当時の大人は子供たちに寛大だったようです。今の老人たちはいったい何を考えて生きているのか、すごい悩みどころです。

こういうことをやっていた世代が、自分たちの時代は集団でいじめなんかしなかったし限度を知っていたとか云い出すんですから、人間というのはほんとに恐ろしい存在です

いやはやもう何を言わんかですね。こんな老人たちと今の若者を一緒にしてほしくないです。

最近の子どもたちはほんとにおとなしくなったものです。昔と比べると遥かに人への思いやりが育ってきています。マンガやアニメなどで大量の物語に接することによって、何が人を傷つけるかという想像が働くようになってきているのかもしれません。この章で掲げたようなひどいいじめが頻発していて、しかも昔はいじめなんかなかったなんて平気で云うようになる戦前の人みたいになってしまったらと思うと背筋が寒くなります

ここ一番巧みだなと思いましたね。よくぞ言ってくれたと思いながら、ふきだしてしまいました。

なんかもう乱れに乱れておりまする。戦前は品行方正だったと思い込んでいるようなおかしなイメージはいったいどこから湧いてきたのか、逆にわからなくなってしまいます

いやほんとどこからなんでしょうね。部屋主の不思議です。どなたか知っていたら教えてください。

授業中に教室を歩き回ったりする<学級崩壊>は最近のことだと思っている方が多いみたいなのですが、戦前の小学校ではわりと当たり前のことでした、なにせ昔の子どもは自由に育てられてましたから

そういう事例も色々と紹介されてます。教育現場に関わっていたこともありながら知りませんでした。恥ずかしいです。

戦前の教師は尊敬されていて生徒が殴るなんてことなどあるはずもかなったなどといまだに考えている人がいるのですから、人の意識などというものは簡単なものであります。実態と関係のない妄想を植えつけるのが教育なのだとしたら大成功なのでありますが

ううむ、見事な皮肉ですね。

「これらは全て勤労意欲がまったくないドラ息子たちばかりですが、現在のニートは不況で就職が難しいということが大きな原因になっているようです。ニートでなくても正社員になれずに安い賃金でこき使われる不安定な立場に追いやられている若者が大勢います。既得権を手放さずに若者の就職機会を奪っている年寄りがそんな彼らを甘えてるとか批判する珍妙な図が展開されておりますが、昭和初期の不況期もまったく同じような状況がありました。大正時代には第一次世界のために日本は大変な好景気で、そんなバブルを経験している年寄りが不況にあえいでいる昭和の若者に対して昔はよかった想い出を語って嫌がられたり、説教したりといったことがよくあったようです。経営者や大学の先生なんかが、最近の大学生は就職に高望みしすぎるので就職難になるのだとか、企業に就職しようとばかりせずに自ら企業せよとか、未曾有の恐慌時におよそ無理な話をして顰蹙を買ったりしています。今とまったく同じです。自分は楽なときに企業に就職して安定した地位を保っておいて、苦労している若い者に無責任な説教をするのですから、聞かされるほうはたまりません。~こういう鬱屈が年寄りの政治家や財界トップが次々暗殺されるような事件に多くの支持が集まった要因です。今と違って、戦前は若者人口の割合が圧倒的に多かったためでもあります。最近、戦前への回帰を唱える人がいるようですが、このような虐げられた若者が、既得権を持つ老人を殺して回るような時代が来てほしいということなんでしょうか

是非ともお願いしたいところですね。

わざわざ一度家に帰ってからナイフを手にやってきて、大勢の人の前で刺して、運ばれていくところをまた刺すというのはなかなかすごい話です。今なら卒業文集を掲げられて心の闇とやらを分析されるんでしょうか。この時代では日常茶飯事ですから、ローカルな小さい記事がひとつで終わりです

部屋主は卒業文集がテレビで取り上げられるのはいつも違和感・・・というか怒りを感じていた口なのですが、著者もそういう感覚をおぼえていたのでしょうか。巧みに皮肉ってくれています。

今と違って、昔の若者は命の重みなんてものを考えたりしませんでした。ゲーム感覚の適当な相手とほいほい手軽に死んでしまいます

戦前の若いものの心中はこういう適当なものが多いです。刹那的に生きて、あとは死んでしまえばそれでいいという命の大切さなど微塵も顧みない考え方です

この本を読んでる限り確かにそんな感じを受けます。そう考えると今の若者はマシという気がしてくるから不思議ですね。

マスコミの出鱈目な報道を信じて子殺しが増えていると思い込んでいる人が多いみたいなんですが、じつはバブル期と比べても減っておりまして、子どもの比率で見てもじつはへっておりまして、バブル以前と比べると子殺しはものすごい勢いで激減しております。戦前の貧困とは関係ない身勝手な子殺しの方が、今の子殺しよりもずっと多かったりします

一度この辺りをしっかり調べなければと思います。

「戦前の教育復活を目指している方々は戦前の教育についてどの程度知識をお持ちなんでしょうか。ここに掲げたのは私が収集いた事件のほんの一部で、当然私の知らない事件もその何千倍とあるでしょうから、戦前の教育復活をめざしているみなさんはぜひとも一生懸命お勉強して戦前の知識を身につけていただきたいものです。まことに教育は大切なものであります」

これまた巧い皮肉かと。

決められた場所で年に一回秩序正しく騒ぐ成人式の若者などこれに比べたらおとなしいもんです。旧制高校時代や、街中で機動隊に石や火炎瓶投げてた世代が、彼らを非難するのはどうもよくわからんことです。若いころに甘やかされて、おつむのネジが少々ゆるんでいたりするんでしょう

ここも吹き出してしまいました。

「昔の学生のいたずらや犯罪は、今と違って無邪気だったというようなことを本気で信じてる方もいるのですが、街中で刃物を振り回して何百人で乱闘しようが、道路をふさいでバスや電車を長時間留めようが、商店の看板を壊して民家の窓ガラスを何百枚割ろうが、まわりの大人たちが甘やかして若い者の無邪気ないたずらということにしてくれていただけなんです」

昔の大人の寛大さにはビビりました。

実態というものは、漠然としたイメージではなくひとつひとつの事実を検証いてみて初めてわかるものです。事実を突き詰めていく態度、少なくとも事実を突き詰めていかなと何もわかるはずがないということをあらかじめ知っていることが、一番基本的な教養というものです。この一番の基礎がないと、その上にどうのような情報や知識を積み重ねようが実態とは懸け離れた歪んだイメージにしかなりません

格言ですね。

虚構と現実を混同いてしまっている人たちが、新聞やテレビやニュースを通じて過去についてまったくの妄想を語り、それを信じたがる人がまた妄想を増幅するというヴァーチャルな円環ができあがって、無意味にぐるぐると回転しています。ちょっと事実を調べさえすればこんな円環はすぐに断ち切ることができるのですが、ジャーナリストも学者も官僚なども物事を調べるという基本的能力欠けていて、妄想を垂れ流し続けています。物事を調べるという一番の基礎的学力がない人々が、ジャーナリストや学者や官僚などの職についてしまっているということです。現代の専門家の学力低下は深刻です。そのうえで根拠のない妄想に基づいて、国の政策決定などもなされるというなんともお粗末なことになっております。戦前の日本は米国の真の力を知らずに無謀な戦争に突入したというようなことが云われておりますが、現在のお粗末な状態から比べると、戦前のほうがまだしも正しい情報を持っていましたし、少なくとも正しい情報を得ようと必死に努力していましたこういう学力のないお粗末な人々が教育について論じたりするんですから、世も末です

いやほんと世も末です。なんとかせねばです。

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でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相

書店でタイトルを見て気になったので購入しました。

第6回新潮ドキュメント賞を受賞していたのも意欲をそそられた理由の一つですね。部屋主オススメの「戦争広告代理店」「そして殺人者は野に放たれる」も受賞作です。

でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相 Book でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相

著者:福田 ますみ
販売元:新潮社
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部屋主の独断ランク:A

内容紹介のようなもの

2006年6月、全国ではじめて「教師よるイジメ」と認定される事件が福岡が発生しました。

問題となった教師は担任児童を、差別的な言葉で攻撃凄惨な暴力をふるい、自殺も強要。結果、その児童はPTSDとなり長期入院を余儀なくされます。

教師は、子供の両親に告発され、それを嗅ぎ付けたマスコミによって「殺人教師」と糾弾して表舞台から姿を消しました。

しかし、裁判を通して、この一連の事実は児童両親による「でっちあげ」だということが次々と明らかになっていき・・・

気弱な教師が、保護者の虚言、言いなりの学校、メディアによって、「史上最悪の殺人教師」としてでっちあげられた冤罪事件の真相に迫るルポタージュです。

序章 「史上最悪の殺人教師」

第1章 発端「血が汚れている」

第2章 謝罪「いじめでした」

第3章 追放 停職6ヶ月

第4章 裁判 550対0の不条理

第5章 PTSDごっこ、アメリカ人ごっこ

第6章 判決 茶番劇の結末

終章 偽善者たちの群れ

部屋主の感想

実に興味深かったです。

1つの事件を通して、学校の抱える問題メディアの抱える問題精神医学の抱える問題などについて、色々と考えさせてくれる良書かと思います。

まずイラっときたのは校長に呼び出される場面です。いきなり呼びつけておい何を言ってるんだかこいつはと思いました。

会話には流れがあるということを理解していないのでしょうか。また説明を何もせずに「したか、しないか」だけを聞こうとするその手法の汚さに反吐がでます。

また、同僚の教師にも恵まれなかったのでしょう。やってないことを、保護者が言ってるからと認めていき和解していこうなどというアドバイスをなぜできるのでしょうかね。理解に苦しみます。

この教師の不幸の一つは、こういう愚か極まりない上司や同僚がいたことでしょう

校長に関しては、さらにイジメの実態があったかどうかのアンケートの設問の仕方がまたいやらしくて。質問方法に細工をすることで自分の望む結果を得ようとするのは学者の世界とかにもありますが、これをここでやって、一人の人間に人生を追い込んだこの校長はえげつないです。

教師本人の気弱さやへタレ具合も言いたいことを言ってクビになるタイプの部屋主からするとかなりイライラしますが、家族がいて周りから圧力がかかればこういう反応をしてしまう人は多いような気がしたりもしますので。

にしても「モンスターピアレント」。こいつら完全にイカれてますね。しかも夫婦そろって。こうなるとどうしようもないです。

裁判過程で次々と嘘がバレても平気な感じだし、悪びれた様子もないしで。こういう論理の通じない人間は本当に怖いです。

また、証言することによって嫌がらせが自分に向く可能性を考えて、証人が証言をしてくれないという問題も発生してきます。ほんと怖いです。

こういう問題はどうしたらいいのですかね?誰か妙案があれば教えておくれです。

で、PTSDを診断した医者。こいつがまた最低。精神医学や心理学についてはこのブログで色々と問題点についてしてきましたのでここではもうあまり触れませんが、これはないだろと思いました。

このPTSDの診断をもってして、マスコミも動いた側面もあるみたいなのでそう考えると・・・怖いですよ。

で、弁護士。内容紹介のところの「550対0」と、当初の児童両親についた弁護士と教師側についた弁護士の数です。

負ける勝負はしたくないというのはわかりますのでなんともですが、いくらなんでもこれは酷いかと思います。

裁判の結果にもイラっときますね。教師についた弁護士が「一番嫌なパターン」と言ってる通りムカっときます。

そして、メディア。これについてもこのブログで色々と問題点を指摘しましたのでここでは軽く触れるくらいしておきますが、こいつらも例にもれず酷いです。

あまり事実の成否を取材をせずに問題をただおおげさに面白おかしく盛り上げただけ

腐ってます。

あとがきで著者が「先立つ聞き込みによって、既存の報道から受けた先入観を払拭し、ニュートラルな気持ちで取材に望めたことが幸いした。この幸運がなければ、私もまた、川上を体罰教師と決めつけた記事を書いていたかもしれない。その差はほんの紙一重だ」が書いてましたが、これが紙一重ではいかんでしょう。

きちんと聞き込みをして、先入観を払拭してニュートラルな気持ちで取材せねばならないなんかは、取材の基本中の基本じゃないのですか、と愚かなヒキコモリの部屋主は思うですが、高い学歴と収入のあるマスゴミ様の世界では違うのですかね。

やれやれです。

この本を読んでいて思ったことは、たとえ誠実に生きていても、ある日突然こういう負の連鎖によって史上最悪の殺人者てきなレッテルを貼られてしまうかも知れないという可能性についてです。

怖いですよ。

ちなみに現在も裁判は続いているみたいです(本が書かれた当時は。今どうなってるかはまだ調べてませんのでなんともです)。

感想の最後に、この本事態が「でっちあげ」なんてことはないことを祈って。でないと部屋主も逆「でっちあげ」の加害者になってしまいますから。

そういう意味でも考えさせられる1冊でした。

部屋主がこの本から選ぶ格言

体罰というのは、子供たちが体罰と受け取れば体罰です」by校長

この思想は正直怖いと思います。何をもって体罰とするかは非常に難しい問題であり、今のところ単純に線引きできることではないと思います。

教師なのだから当然、子供に対し、指導すべきところは指導しなければならない。しかし、保護者の厳しい目が光ってる中で、その当たり前のことができにくくなっていた

色んな教育系の本で問題になってますよね。どうしたものかです。

自分が愛情を注いで指導している教え子の証言ゆえに、怒りよりも、情けなさ、やりきれなさの方が先にたった」by教師

担任児童の嘘の証言を聞いたあとの教師の感想です。これは確かにきついですよね。これよりまだマシですがこういう気分は部屋主もよく感じたことがありますので。

この事件は何かがおかしいなと思う人が表に出てこない、(中略)表に出てこれない状況が怖いのです。学校関係者も、建前的な対応のみで、本音の部分となると沈黙し、結果的に孤立無援状態となった私には、人権などまるで必要ないが如きです」by教師

この教師は事件発生段階で実名や住所が報道されたそうです。人権って何なのですかね。マスゴミさん。

複数の保護者は、裁判になったら証言してもいいとまで約束してくれた。ところが、いざ蓋を開けてみると協力を申し出た保護者は皆無だった~略~彼らは浅川側の怒りを買うのを恐れたのである~略~浅川一家の芳しからざる評判は保護者間ではよく知られていた

浅川というのはもちろんモンスターピアレントのことです。そして、みんな自分が可愛いということですね。やれやれです。

川上の体罰やいじめを信じて疑わなかった一番の根拠はやはりPTSDの認定である。前田医師の記者会見を開き、専門家がここまで言うのだから『体罰はいじめはあったんだな』と納得したという

川上とは教師のことです。にしてもマスコミのレベルの酷さには辟易としますね。こんな診断がクソみたいなものかは少し勉強すればわかるはずですから。

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狂気と犯罪 なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか

ここのところ精神障害と犯罪についての記事を続けてるので本日はこれを紹介したいと思います。なにやら宮崎哲弥謹製「ミヤザキ学習帳」が選んだ2005年新書「第1位」だそうです。

狂気と犯罪―なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか Book 狂気と犯罪―なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか

著者:芹沢 一也
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:A

内容紹介のようなもの

世界最多の精神病患者を持ち、社会から『狂気』を排除してきた日本の精神障害者の状は歴史的に形作られたものであるとして、この本ではその『狂気』を日本社会がどう扱ってきたかの「歴史」とそれをつくってきた「思想の流れ」に焦点を当てています。

第1章「社会から排除される『狂気』」では、明治初頭の「文明化」に伴う「野蛮」の征服(庶民の日常的な振る舞いが、文明という価値観に照らされて野蛮なものとみなされることなど)、警察権力による文明開化、望ましい国づくりのための矯正、その結果社会から排除される「狂気」について、癲狂院の誕生、などについて書いてあります。

第2章「『狂気』を監禁する社会」では、「日本初の精神障害者の処遇に関する法律が成立し(精神障害者監護法)、ひとりの人間を監禁するのに必要な正当性が医学の権威によって初めて与えられ、精神障害者の監禁をめぐり史上初めて警察が介入した『相馬事件』について」、相馬事件を無責任に報道したメディアによって作り出された精神障害者のネガティブなイメージ、それによって生み出された「狂気」を監禁する社会について、監禁場所としての精神病院、遅れる精神医学の学問的発展、明治40年に制定されることになる「刑法39条」、今と変わらず恣意的で滑稽な精神鑑定、などについて書いてあります。

第3章「法の世界における『狂気』の地位」では、江戸じ江戸時代の刑事裁判、暴力で江戸時代の権力、江戸時代の精神障害者(乱心者)の扱いについて、懲役刑という刑罰の文明化、囚人を矯正する権力、犯罪者という概念の誕生犯罪者の「人格」を裁くことの問題性、医学に侵食される刑事裁判、法の世界から排除される「狂気」、について書いてあります。

第4章「社会から『狂気』を狩り出す精神医学」では、「悪性」の予防とそれを見出す手段について、近代社会が抱え込んだ「精神障害者の人権」か「社会の治安」かということについて(「人道主義」と「治安」)、精神医学がここにもちこんだ「狂気」を「犯罪」の原因とする「最悪のフィクション」にして「最大の仕事」について、刑事裁判では無罪の根拠となる「狂気」を社会においては有罪判決の根拠に反転させる離れ業、「狂気」を狩り出す精神医学の野心と欲望の大きさ、「狂気」を捏造し拡大させることによって野望を成就させた精神医学、などについて書いてあります。

第5章「社会と法の世界から排除される『狂気』」では、高度経済成長期における精神病病院ブームと公的援助、戦後の精神病院列島の出現、それを加速させた「ライシャワー」事件、措置入院と触法精神障害者の実態、無視される病者の人権と幸福、史上初の「任意入院」の登場、改善にともない逆に行き場を失う「触法精神障害者」、刑法39条と措置入院(裁判から精神障害者を遠ざける検察と警察)、入院患者の4人に1人が精神障害者であるという事実、「歴史的」に作られ現在のような環境へ精神障害者を押し込めてきた「思考」からの脱却の重要性、などについて書いてあります。

部屋主の感想

実に興味深かったです。部屋主は学生時代、思想史の先生に目をかけてもらってたので、思想の流れとそれにともなって形成される歴史の重要性は認識していたつもりだったのですが、それがつもりだけだったと少し凹みました。

ここまで何冊か精神障害系の本を読んで紹介してきましたが、きちんと思想と歴史に焦点を当てているのはこの本くらいでしたので(今のところ)、このブログを読んでくださってる皆様も読んでみることをオススメします。値段的にも手頃ですし、読みやすいという点でも評価できrます。

それにしても、江戸の精神障害者の扱いや権力と刑罰の関係や、それが文明開化で変化していくあたりの過程など、ほとんど全く知らないことばかりだったので非常に勉強になりました。

そして、現在の精神病者の不当な扱いがそういう過程から発生してきていることや(この視点が獲得できたのは特に有意義かと思います)、メディア論やそこから派生するポピュリズムに関しても触れられている点もポイント高いですね。

あと、触法精神障害者の問題、精神鑑定の胡散臭さについてももちろん触れられてますが、これに関しては「そして殺人者は野に放たれる」「ドキュメント精神鑑定」「自閉症裁判」「累犯障害者」の方が詳しかと思いますので、これらとご一緒にお読みください。部屋主の感想もそちらで熱く語っていますので。

部屋主がこの本から選ぶ格言

精神医学は「狂気」を監禁する社会をなくそうとしたのではない。ただ、自らがそこで主役となるような論理をつくり上げたのだ

措置入院の増加は精神病院の経営を安定させた。~よくいわれるように。それは病院の「固定資産」となった

いつ退院できるかは、収容された精神病院の性格と、その院長の判断次第だ。たったひとつの判断基準は、「他害のおそれがなくなった」、つまり社会に対して危険がないと認められることである。このような曖昧な基準のもとで、一切の生殺与奪権が、精神病院長という個人の最長にゆだねられているのだ。しかも、合法的に身柄を拘束する権限が、営利組織である民間精神病院に認められている」

そう遠くない過去(戦前・戦後)と現代の日本の精神病院のありかたの一面を表した言葉です。正直怖いです。

いくつ精神病院をつくって、何万人の精神障害者を閉じ込めようが、たったひとつの事件が社会にヒステリー現象を引き起こす。どんなに隠蔽しようとも、社会は精神障害者とともにあることを知って、人々は愕然とし恐れおののくだ

「メディアの報道がそれに拍車をかける。~ひとりの「触法精神障害者」がすべての精神障害者を「代表」してしまうのだ。そして精神障害者の全体が、潜在的な犯罪者であるかのように見られてしまう。~だが、ほとんど全ての精神障害者は犯罪とは無縁に生活している。当たり前のことだが、これを人々は最も忘れている

これは部屋主たちのように無責任なマスコミや専門家などにおどらされる大衆の問題でもあるのでしょう。もっと知識とリテラシー能力を身に付けなけらばと再認識されられました。

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ドキュメント精神鑑定

心理学や精神医学がうさんくさいということは知っていますが、実際の「精神鑑定」はどんなものかはたいして知らないので、それを知るために購入してみました。

ドキュメント 精神鑑定 Book ドキュメント 精神鑑定

著者:林 幸司
販売元:洋泉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:A

内容紹介的なもの

精神鑑定に対する不信があちこちで言われるいま、どんな手続きで精神鑑定が始まり、何が、どう、「鑑定」されるのか、裁判ではどんなやり方はなされるのか。鑑定と法廷証言の実際を、豊富なケーススタディとともに描く、「精神鑑定」の入門本だそうです。

第1章「精神鑑定とは」では、精神鑑定という法律用語はないこと、精神科医療にも鑑定という言葉はないこと、適切な刑事処分を受けさせないために悪用される「措置入院」、積極的な論証不要かつ不能な前提である「責任能力」について、「善悪の判断能力」や「責任能力」を誰が判定するのかとその判定過程の胡散臭さ、起訴後の有罪率99%の日本の検察事情と起訴前鑑定、「心の闇の解明」などは不可能であること診断名の持つ意味と限界(診断名とは診療上の有用性のために付けられた略号にすぎないこと)、「操作的診断基準(DSM-Ⅳ)」について、悪質な犯罪ほど無罪になるかもしれないという奇妙な論理、などについて書かれています。

第2章「メイキングオブ精神鑑定」では、とある事例をもとに、対象者について、鑑定人となるまで(労多くして必ず敵の発生する仕事を喜んで引き受ける好事家はそうそういないので鑑定人天国に)、どこでどのくらい行うか、事前準備、問診風景、問診内容の記録と整理、検査は何をするべきか、鑑定書について(とりあえず病名をつけることなど)、証人尋問、などについて書かれています。

第3章「精神鑑定ケーススタディ」では、「①通り魔のケース1、エリートの転落」、「②通り魔のケース2、カルト」、「③躁状態での幼女わいせつ行為」、「④謹厳実直なサラリーマンによる娘殺し」、「⑤てんかん発作と母親殺し」、「⑥住民追い出しのためのアパート放火」、「⑦迂遠と連合弛緩の微妙な境界」、「⑧女子中学生誘拐犯の奇妙な動機」、「⑨生活環境改善のための自宅放火」、「⑩熟睡中の夫への突然の刃」という10のケースの内容と解説を通して、鑑定者によって診断結果が変わること精神障害の定義とその線引きの困難さ、日常誰にでも起こりうることがたまたま起こった場合もあるのに学問的な用語でもっともらしく表現されてしまうこと、精神遅延と責任能力、カウンセリングには「問題を曖昧に」し「依存心を助長」し「自立を阻害」し「責任意識を希薄」にすることの恐れがあること(カウンセリングには人の悩みや苦しみの原因をその人以外のものに発見しよう発見させようとする傾向があるため。非行少年のカウンセリングを受けたものとそうでないものにわけ長期追跡調査の結果、カウンセリンググループの方が重大事件を起こした確率が高かった)、などについて書かれています。

第4章「精神鑑定のたどる道」では、治療が行われない措置入院の実態、医療刑務所での経験、反社会性の問題、あらためて求められる精神鑑定の重要性、などについて書かれています。

部屋主の感想

この本を読んだのはブログをはじめる少し前で、さらりと読み直しながらなの記事作成でしたのでいつも以上にしょっぼい感想で申し訳ないのですが、少し前に「月下燕の日記」の「月下燕」さんにオススメしたので書いてみました。

にしても、のっけから「精神鑑定」という法律用語がないってことや「責任能力」判例上の定義などに度肝を抜かれたものです。これまでこのブログでさんざん「メディア・リテラシー能力を養うべし!」的なことを書いてきたのに恥ずかしい限りです。

とりあえず、この本を読んで思ったことはというか再確認したことは、心理学や精神医学って胡散臭すぎということです。精神鑑定の弊害を考えるとまだまだ実用段階にあるとは思えないんですよね(弊害についてはサイドバーで紹介している「そして殺人者は野に放たれる」に詳しいです。ごく簡単にいうと精神疾患を理由に罪に問われない犯罪者に焦点を当てた本です)。

特にケースのところの、鑑定者ごとの見解が表になったのを見ると、けっこう診断名に違いがある上、ほぼ全員が複数の病名を上げているのにあまりかぶっていなかったりするのですよ。そこから見て取れるのはせいぜい「このような傾向がある」ってことくらいじゃないでしょうか。でもって。それくらいは素人でもわかりそうですし。

とはいえ、この本ではあまり露骨に心理学や精神医学の批判はせずに(もちろんある程度はしてますが)、精神鑑定とはいかなる手続きでどのようになされるかに紙面が割かれています(約270P中200Pくらい)。でもこれに多くを取られ過ぎの感がなきにしもあらずといった感じがしないでもないです「。

もちろん同じ精神鑑定でも色々な過程と経過の具合がわかるので勉強になりましたよ(ちなみに「自閉症裁判」では一つのケースを解説することにより驚くほど様々な問題を浮き彫りにしています)。そして、今後の精神鑑定をどうしていけばいいかという提言をしている点もポイント高いかと思います。

もっと心理学の胡散臭さについて考えてみたい方は、この本の中でも紹介されてますし、このブログのサイドバーにも載せてある「フロイト先生のウソ」がオススメします。以前に紹介した「凶気の偽装」や「危ない精神分析 マインドハッカーたちの詐術」あたりも悪くないかと思います。また、精神障害を持った犯罪者たちに関しては「累犯障害者」がオススメです。

この本から部屋主が選ぶ格言

善悪の判断能力、そんなものを判定することを専門とする学問や業種が存在するのだろうか。答えは明確にノーである。心の専門家なら心理士か精神科医か、善悪の問題だから宗教家か哲学者か、社会問題だから社会学者か。論争の繰り返されてきた問題であるが~

まだまだ論争の余地があるものの、現在これを行ってるのは精神科医や心理士でしょう。そして、彼らや彼らの理論がおかしいことは上記したとおりです。そして心理や精神の分野だけで善悪の判断能力を判別するのはムリということを(少なくとも現時点では)この一文は言っているように思います。また部屋主としましては大脳生理学や神経生理学あたりをこの後に付け加える必要があると考えています。

きわめてまれなケースの問題を一般化して教育やしつけに持ち込んでも多くの無駄を生み出すばかりであろう

だと部屋主も思います。ここもおそらく利権となってるのでしょう。記憶が曖昧なのであれでうが以前にどこかで読んだような気がします。

何事につけても困難に直面すると『心のケアを』『カウンセリングを』と唱えることが配慮の行き届いた大人のすることである、とされる風潮には常々疑問を感じている。~一見気のきいた所作が、責任転嫁や問題隠しになっていないだろうか

まったくもってその通りだと部屋主も思います。3章の内容紹介の下部で触れたカウンセリングの弊害あたりからの抜粋なのですが、これが現れてきてるのが「教育分野」ではと部屋主は考えています。このへんについてはサイドバーで紹介している「カウンセラーは学校を救えるのか 『心理主義化する学校』の病理と変革」が興味深かったですね。

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そして殺人者は野に放たれる

今まで本紹介の中でけっこう頻繁に名前を出しているのに、この本自身の記事作成はまだでしたのでそろそろやってみたいと思います。部屋主としましてはあらゆる人に読んでほしい、そして考えてほしいテーマを扱った本です。

ちなみに第3回新潮ドキュメント賞を受賞しています。もひとつちなみに第1回の受賞作は以前に紹介した「戦争広告代理店」だったりします(この本の内容とかぶることはないですが、こちらも名著なのでお試しあれです)。

そして殺人者は野に放たれる Book そして殺人者は野に放たれる

著者:日垣 隆
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:

内容紹介のようなもの

「心神喪失」の名のもとに、罪に問われない「精神障害凶悪犯」の報じられない「真実」に、心神喪失関連の事件で被害者や遺族の声を日本で初めて扱い、自らも弟が理不尽に殺され兄が精神分裂病である著者が迫ったドキュメント本です。

本書に登場する「刑法39条」とは、「心神喪失者の行為は、罰しない」、「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」というものです。「刑法40条」とは「インア者の行為は之を罰せず又はその刑を減軽す」というものです(インアは本来漢字ですが文字化けしてしまったのでカタカナにしました)。

序章「通り魔に子を殺された母の声を」

精神鑑定で不起訴となった通り魔に息子を殺害された母への取材を通して、「当時、日本全体で加害者には約346億円(国選弁護報酬が約46億円、食料費+医療費+被服費に約300億円)が投入されたが、被害者には5億7000万円しか支払われなかったこと」、犯人は現行犯だったにもかかわらずその場で逮捕されなかったこと、犯人が実名報道されなかったこと、不起訴になりそうなので(精神障害ゆえ)その後の報道が放棄されたこと、責任能力について、罪刑法定主義について、凶悪犯罪と精神鑑定と不起訴について、治療施設がない状態での心身喪失認定の問題性、などについて書いてあります。

第1章「覚醒剤使用中の殺人ゆえ刑を軽減す」

弁護士に教えられた「刑法39条(心神喪失・心神耗弱)」を専門家レベルで熟知し、前科9犯を悉く不起訴・無罪・刑の減軽にしてきた覚醒剤常用者が新たに起こした老夫婦殺人事件」を通して、警察・検察の怠慢捜査、「了解しがたい異常さ」が無罪または半減刑の根拠とされ異常な行動をとった方が罪が軽くなるという判例鑑定を誰に頼むかで結論が最初からわかってしまう日本の精神鑑定の現実、などについて書いてあります。

第2章「迷走する『責任能力』認定」

1章の事件の精神鑑定を通して、刑法39条や司法精神医学に通じた殺人犯が珍しい存在でないこと、検察官は出世に響くために『起訴した被告人が無罪判決を受けること』を最も避けるために法的根拠のない起訴前鑑定を行なって無罪になりそうな「気配」のある事件は起訴しないこと、根拠がなく流派や鑑定人によって変化する鑑定結果、必要以上に時間がかかり被告に論理的詐術の準備期間を与える精神鑑定について、即席鑑定人の問題、精神鑑定に投入される税金の問題、世界的にはアルコールや薬物を摂取しての犯罪には心神喪失・心神耗弱は認めず刑を加重すること、などについて書いてあります。

第3章「不起訴になった予告殺人」

「被害妄想的な嫌がらせで入院をさせられ、入院中も仕事をして親以上の収入を持ち、自分の入院は人権侵害だと公的機関に直訴状を書き、退院後に殺人にまで発展した事件と、その事件後、被告人とその家族を支援する精神障害者の会」の話を通して、精神障害者の人口比は1%なのに成人刑法犯検挙人員に対する精神障害者犯罪者比率は「殺人で8.5%」「放火で15.7%」に達していること、「精神障害者」と「精神障害犯罪者」を近藤してはいけないこと、不起訴によって「事件そのものがなくなってしまう現実」とそれにより口を閉ざしていた被害者やその遺族、精神科医の誤診、毎年100件以上の報道されない精神障害者の起こしたこのような事件があること、精神障害者を家族に持つことと社会の無理解(著者も家族に精神障害者がいる)、精神障害者が起こした事件の85%が心神喪失により不起訴になること(残りは心神耗弱で減軽)、不起訴後の精神障害者を処遇する受け皿がないこと、などについて書いてあります。

第4章「精神鑑定は思考停止である」

精神障害で不起訴となり刑罰とは無関係の措置入院となった犯人は数ヶ月で娑婆に戻ってくるため恐ろしくて事件を忘れるしかない被害者遺族について、著者は最初精神鑑定は必要だと考えていたら取材するにつれ確信をもって「鑑定は害悪」と思うようになっていったこととその理由を7つ(精神鑑定には検証反復可能性がないこと、鑑定人の一見善意だがなんの根拠もないただの意見である鑑定など、年間650件以上という精神鑑定の濫発)、過去に何度も受けた公的チェックで一度も精神病と診断されなかった男が事件後には精神病と診断されるケース、などにいて書いてあります。

第5章「二つの騒音殺人、死刑と不起訴の間」

人格障害と判定された被告による非常によく似た2つの殺人事件を通して、「心神喪失と心神耗弱を「了解不可能な異常」で決め、この概念を恣意的に適用する検察と裁判所の誤りについて」、酷似した事件にも関わらず殺した人数が3人か5人かで死刑と不起訴という対照的な結末を迎えたこと凶悪な人格障害者を一般の病院巣タップにケアさせる問題性、などについて書いてあります。

第6章「分裂病と犯罪の不幸な出会い」

司法・犯罪精神医学の泰斗たちの行なってきた鑑定を検証しながら、人格障害者は裁判所的には完全責任能力者であること、「国民に隠され続ける違法な簡易鑑定によって不起訴にされた凶悪犯が、仮に本物の精神病であっても治癒した場合、あるいは詐病であったことが発覚しても、2度と正式に裁かれることないこと」について、「医療現場で精神科医として精神障害者に相対するとき」と「司法の場で精神鑑定人として精神障害犯罪者に相対するとき」の違いについて(患者と犯罪者の混同)、犯罪被害者への配慮の伝統的欠如、などについて書いてあります。

第7章「日本に異常な犯罪者はいない」

生来性の異常性格と先天的に染色体や脳に異常が見られ同じような事件を繰り返す犯罪者のケース(殺人2回未遂も数回)を検証しながら、それぞれの事件時における関係者たちの無頓着さと無責任さ(近い未来に同じような事件を繰り返す危険性について)、精神鑑定書(矛盾した内容、飛躍した結論、強引な責任能力の有無判断)、たまたま持病が精神病だから免罪されることの理不尽さ、癲癇発作中に暴力犯罪をなしえるという診断の虚構、死刑にするためには正常な犯罪でなければならないという司法の自縄自縛(この犯人は『正常』とゆえに死刑の判決が下っています)、刑法39条の超拡大解釈の問題、「日本の刑事裁判では『正常』な犯罪者には思い刑罰を、『若干ヘン』な犯罪者には心神喪失・心神耗弱を、『かなり異常』な犯罪者は存在しないことになっていたこと」、などについて書いてあります。

第8章「闇に消える暗殺とハイジャック」

過去の暗殺事件やハイジャック事件を例にして、社会防衛上との理由で犯罪を実行していない段階での予防拘禁について、独断と偏見に満ちた精神鑑定、それにより作り出された「精神病=危険=社会から排除せよ」という誤ったイデオロギー精神障害によって「なかった」ことになった事件の犯人が起こすさらなる犯罪について、などについて書いてあります。

第9章「心神耗弱こそ諸悪の根源」

「心神耗弱」をめぐって激しく争われていた事件を通して、まったく報道しないマスコミ、心神耗弱という概念がいかに馬鹿げた法的屁理屈であるか刑法39条を削除することについて、心神喪失・心神耗弱を世界ではどうしているか、法曹人で世界の現状を知ってる人間が皆無であること、「正常」な凶悪犯罪などないという著者の主張、凶悪犯罪の重大な結果を生い立ちで割り引こうという馬鹿げた発想の問題、論理も正義も被害者への視点も皆無な判決文、などについて書いてあります。

第10章「判決に満悦した通り魔たち」

9章に続き罪を減軽された後にニヤリと笑った犯罪者たちの事件を例に、「刑事責任能力と妄想がどの程度関連するのか」ということについて、覚醒剤やアルコールを使用した犯罪者たちとそれによる減軽と再犯、などについて書いてあります。

第11章「刑法四〇条が削除された理由」

聾唖者ということで無罪や減軽となった事件を通して、精神障害者や聾唖者を「人間」とはみなさなかった司法精神医学の主観的ヒューマニズムについて、確信犯的に犯罪を行なう聾唖者とそれに利用される精神鑑定人と裁判所、聾唖者団体からの「人権侵害」という抗議で削除されたこと、39条は「日弁連」が反対して精神行会社の人権は無視され続けたこと(凶悪犯を無罪化するという弁護士の仕事がなくなるため)、政府が39条に対する法案を棚上げしたこと、について書いてあります。

第12章「日本は酔っ払い犯罪者天国である」

いくつかの飲酒時における事件を例に、著者の取材した「少年リンチ殺人事件」の8割で飲酒がなされていたという事実、飲酒時における犯罪の方が罪が軽くなること、それにより大量の飲酒時の事件が無罪・減軽となっている事実、「原因において自由な行為」が全く意味をなしてない現状、日本と世界の酩酊犯罪の刑罰比較、などについて書いてあります。

第13章「もう一つの心神喪失規定『準強姦』」

様々な強姦事件を例にあげつつ、強姦に関する現行刑法は明治時代に作られた旧態依然としたものであること、被害者に「心神喪失」のレッテルを貼り加害者を助ける「刑法177条・178条」について、既得権を維持するために必死な「法の番人」たち、「時代錯誤(女性をモノとして扱うこと)」や「差別(知能が劣った女性に対する)」が溢れる判決とそれを報道しないマスコミ、などについて書いてあります。

第14章「女性教祖『妄想』への断罪」

「璽光教」への日本初となる教祖への精神鑑定と、その精神医学的断罪が璽光教に決定的ダメージをあたえたこと(マスコミの態度が一変した)、などについて書いてあります。

第15章「家族殺しが無罪となる国」

一家心中などの事件を例に、親による子殺しは「殺人+自殺」以外の何ものでもないのに「無理心中」という言葉で了解されていること(子どもを殺すなどとは心神喪失でないとできないからなどといった理由で無罪放免となる意味と、世間的には殺しておいて逆に悲劇の主人公となるなど)、鬱病との関連があるとみなされるだけで人殺しも無罪にまたは刑半減の対象になってしまうこと、それが全く報じられないこと、良識ある精神科医の意見が裁判所に退けられたこと、法廷で「妄想」を証言し「自らも死のうと思った」との釈明が認められれば殺人ですら無罪となる現実、39条が適用される凶悪犯罪者の犠牲者は9割が顔見知りであること、などについて書いてあります。

第16章「人格障害者という鬼門を剥ぐ」

科学的定義ではなく文学的表現からはじまった人格障害の定義、「DSM-Ⅳ」で分類され定義された人格障害はだだの過剰な偏りにすぎないことだということ、これらによるレッテル貼りが人格障害を心神耗弱とする道を開くこと、多くの臨床家の間では人格障害は病気ではなく治癒の対象とされていなこと人格障害犯罪者を処遇する施設が日本にはないこと、これらの複合的要素により人格障害者への刑が減軽され何度も殺人者が野に放たれ、さらなる犯罪が繰り返されること、などについて書いてあります。

終章「古今東西『乱心』考」

ここまでのまとめです。1章から16章までで行なってきた著者の主張が理路整然と記載されています。

部屋主の感想

序章の感想

初っ端からムナクソ悪くなります。これまで「ご臨終メディア」「自閉症裁判」「累犯障害者」などで紹介したように精神障害犯罪者の実情を報道しないマスコミ、「結果」よりも「動機」や「判別不可能な犯行時の心の状態」を重視し「理解できない」や「不合理」といった理由で不起訴とする検察、被害者意識を考えない人権派弁護士に本気で反吐が出そうになります。

また、お店をやっていた被害者が知人や友人から「子どもをなくしたのにしっかりしている」と言われ「気がおかしくならなければ薄情だと言うの?」と自問し「おかしくなれるんだったら私だってそうなりたい」と思ったという部分は読みながら痛かったです。まだほんのサワリだけなのに読むのが苦しいです。

1章の感想

この事件の犯人「中山和男(当時34歳)」には心底ムカつきました。前科9犯を全て刑法39条を使って逃れ、さらにこの本で紹介されてる老夫婦を惨殺と逃走中に重ねた心神喪失を強調するための強制猥褻、覚醒剤使用中の殺人であったかどうかを警察が調べなかったゆえの虚偽(と思われる)自己申告(事件の隠蔽工作をしっかりしている)や、死刑判決後の家族・親族を利用しての情状酌量(結局、この犯人は無期懲役)・・・

同時に、覚醒剤使用中だからとその刑を減免する日本の司法制度も許せません。著者もここで「違法な覚醒剤を凶器のごとくテコとして使ったのだから凶悪殺人犯である彼の罪がより重くなる、というのなら誰しも了解できる。だが、証拠もなしに『いつもより強い』覚醒剤を打っていたという証言を鵜呑みにして、それを理由に、刑の倍化ではなく、むしろ減軽すべしという法的屁理屈は承服できるだろうか」と述べてますが、まさにその通りでしょう。少なくとも部屋主は納得いかないです。

また、被害者家族の「被告人の死刑を見届けることが、私の人生に変わってしまいました」といったような発言も痛いです(これにいたるまでの言葉も読むのが苦痛です)。

2章の感想

1章の中山和男のケースを例にした精神鑑定の話ですが、ここもやはりイライラします。このブログでも何度も精神医学や心理学に関する胡散臭さについて書いてきましたが、これらの胡散臭さが顕著に現れてくるのがこの精神鑑定の場だと思います。

この事件では3人の鑑定人が登場するのですが、1人目は根拠なく推測のみで有罪判決でいけるとし、2人目はたった4例に過ぎない自身の鑑定結果すら覚えていない無責任ぶり(検察に激しく追及されたようだ)と勝手に法律概念を定義してしまうという素人っぷり、3人目の大御所「福島章」鑑定人の最初から決まっているかの如き鑑定結果と事実無根の「福島説」などは読んでいて気持ち悪くなります。なんでこんなことが日本ではまかり通ってるんでしょうか・・・

さらに、鑑定にかかる時間(2日でやろうと思えばできることが数ヶ月かかる)に、この無駄っぽい作業に投入させる税金(このケースの福島氏の場合、実費は使い放題で、それとは別に検定結果の文章化に67万円ですって)・・・本気で反吐がでます。しかも結果は根拠のない鑑定人の立場などによる予定調和みたいなものらしいですから。さらに被害者遺族には裁判傍聴時や証言するときなどの交通費すら出ないということです。日本という国の理不尽さがよくわかります。

3章の感想

まず、逮捕される精神障害者の割合(精神障害者は逮捕されやすい、警察・検察に犯人に仕立て上げられるといった可能性や、再犯率やそうさせやすい環境というのがあると思われます)を知りながらも、「精神障害者による犯罪はほとんど起きてない」と精神障害者を家族に持つ人間の集会で発言する弁護士にイラつきましたね。

また、著者はここではあまり触れてませんが、部屋主としては誤診して退院させてしまった精神科医の責任はどこにあるのだろうと思います。精神科医の鑑定がしっかりしてればこの事件が起こってなかったような気がしますし(この事件における遺族と精神障害者を家族の対立も鑑定がしっかりしてればなかったかと)。

色んな事件が起こるたびに「心のケア」や「カウンセラーの派遣」が叫ばれますが、それだけ効果がある仕事をしてると仮定するならきちんとそれにともなう責任を果たしてほしいものです。半ヒキコモリ状態でニュースを見てますが、精神科医やカウンセラーが誤診で捕まったというニュースは1度も聞いたことないです(患者に対する猥褻で逮捕されたのは知ってますが)。

根拠の薄い鑑定で金をとり、結果に対する責任も負わない・・・なんていう職業なんでしょうか・・・また別の機会に述べますが(「カウンセラーは学校を救えるか」や「ドキュメント精神鑑定」で)、これらの害悪は教育分野に現れているきているように部屋主は考えています。

4章の感想

3章に引き続き精神鑑定の胡散臭さに関しての章だったのですが、感想はやれやれを通りこして怒りすら覚えます。精神鑑定の7つの問題点は全て妥当だと思います(まぁ部屋主のショボイ脳みそレベルの判断でですが)。

また、精神鑑定が科学的検証に耐えられないことに加え「ポパーの反証可能性(科学哲学の分野からの精神医学批判)」あたりを書いておいてもよいかと思いました(グリュンバウムの機能主義からの批判はあるからややこしくなるけど。ちなみに心を扱う専門家つながりということで、部屋主には何人か臨床心理士の知人がいますが、専門家のくせにグリュンバウムどころかポパーすら知らない人間ばかりで心底凹んだ記憶があります)。

それはさておき、ここでは被害者遺族が自費出版した「犯人を裁いて下さい」という本を、自分の著作の中で「犯人を裁かないで下さい」と茶化した福島章氏について言及されてますが、この日とはいったい何を考えてるんでしょうね。反吐が出ます。こんな人が精神鑑定の大御所だというのだから・・・福島氏に関してはこれ以外にもTV放送時の無責任な発言について批判した別の本を読んだことがあります。

5章の感想

何で同じような事件なのにこうもその後の対応が違うのでしょう。しかもこの判決は論理的におかしいんですよね(というかこの本で登場する判決ほとんどおかしい)。

なにより検察と裁判所の適当で一貫性のない態度が許せないですね。著者も「殺傷行為がエスカレートしていったことが『心神喪失』にあたると強弁するなら、大量殺人のほとんど全てが無罪か不起訴になる。途中でやめたら死刑だが、止めなかったら罪に問わない、などという法的屁理屈は国民感情にも全くそぐわない」と述べていますが、まったくその通りでしょう。日本の法曹界は何を考えてるのでしょうか・・・

6章の感想

日本の精神医療の先駆者たちが、精神分裂病ゆえに無罪という判決を連発してきた事実に腹が立ち、患者と犯罪者を混同してるという著者の指摘におもわずうなずいてしまいました。

また、伝統的な犯罪被害者への配慮の欠如は、日本に精神医療がもちこまれた当時からこの本が書かれた4年前、そして現在もほとんど変わってないことに怒りをおぼえます。どうやったらこれを改善できるのでしょうか・・・

そして、ここまでくると「精神鑑定が感想文にすぎない」とまで著者は言い切ってます。よくぞ言ってくれましたですよね。

7章の感想

ここは先天的に異常の確認できた犯罪者のケースについてだったのですが、著者がどのように検証していくか非常に興味深く読みました。

著者は「犯人に加害の意思があるかぎり、その犯罪に対して刑罰を科さなければならない。心神耗弱や心神喪失が認定されうるのは、例えば運転中にクモ膜下出血による意識不明下で事故を起こしてしまった場合や、常染色体異常(ダウン症など)の子が本人の意思とは無関係に背後の他人を蹴落としてしまったような場合に限定されるべきなのである」と書き、この後に39条の拡大解釈の問題について言及しています。部屋主もこの考え方に賛成です。やはり犯罪者は裁かれるべきだと思います。

とはいえ、ここらへんについては、今後様々な生理学的な分野からのアプローチなどが発展していくとどうなってくるかがポイントになってくる気もします。なんにせよ難しい問題でありますが、今までの日本のように刑法39条を拡大解釈する悪し慣習は即刻止めてほしいものです。

でもって、ここでも著者は「およそ精神鑑定とは、結論先にありきの有罪無罪を誘導するための便宜(フィクション)にほかならない」と言い切っています。まさにその通り爽快です。他にも報道されないことや、アルコールや覚醒剤の使用についても相変わらず触れています。

8章の感想

ここは視点を少し過去に移してありますが、書いてあることはここまでとさほど変わらず、精神鑑定の欺瞞とそれによって生み出される新たな事件、それを報道しないマスコミについてです。つくづくやれやれです。

9章の感想

ここでは殺人を犯していながら心神耗弱を理由に減軽され「ニヤリ」と笑った2人の被告の事例が書かれているのですが、ムナクソ悪くなることこの上なしです。そしてこのような犯罪者を守る法律として機能している刑法39条をなんとかせねばとつくづく思いますね。

なお、この刑法39条に関しては、「刑法三九条は削除せよ!是か非か」という本がありますのでそちらも読んでみてください。こちらの本では、この本や著者の日垣さんのことが多くでてきますので、本書を読んでから読むことをオススメします。

あと、ここでは、犯罪者の生い立ちで罪が割り引かれたことについても著者が怒っていましてが、部屋主もこの日垣さんの姿勢に賛成です。同じように悪い境遇にあろうとも頑張って真面目に生きてる人が多くいるはずですからね。いったい法曹界や鑑定人は何を考えているんだろうか。イラつきます。

10章の感想

9章に引き続き、判決後にニヤリと笑った犯罪者について詳しく書かれているのですが、心底怒りが込み上げてきます

いったいこの犯罪者どもはなんなんだろうという怒りはもちろんのこと、それ以上にこの許せない犯罪者たちを減軽する精神鑑定をする「福島章(ここで再び槍玉にあがります)」や、及び腰の検察、やろくでもない判決を下す裁判所に対する怒りも凄まじく大きくなります。とくかくここはムカツクばかりの章ですね。とはいえ、目を背けてはいけない現実がここにあります。

11章の感想

自分が聾唖者であるから罪に問われないことを知っている犯罪者が登場しますが、ここまでの精神障害を理由に無罪と減軽を訴える犯罪者と同等にイラつきます。

なによりここでは、自分たちの仕事がなくなるというふざけた理由で刑法39条の削除に反対した弁護士ども、そしてそれをそのまま棚上げにした政府が許せないです。自己保身のために凶悪な犯罪者を野に解き放つとはいったい何を考えているのでしょう。

犯罪が起きることを望むというわけではないですが、もし犯罪が起こるとするならこういう腐れ弁護士や政治家ども、そして精神鑑定家がターゲットになってほしいものです。そうでもならないと被害者や遺族の気持ちがわからないのでしょう。もっと想像力を働かせてほしいものです。

12章の感想

何度かこのブログで書いてきたように部屋主は「超」がつくほどの「下戸」なので、この章にでてくるようなケースでも反吐が出そうになります。

飲酒によって事件を起こしたら無罪になったり罪が減軽されたりするだって?ふざけるな!と声を大にして言いたい。最近の飲酒事件もそうですが日本社会は酒に対して甘すぎです。

飲酒時における犯罪はもっともっと厳罰化するべきでしょう。飲酒やシンナー覚醒剤は「原因において自由な行為」なわけですから。自由に対する対価と、結果の重大性はきちんと受けなさいと言いたいです。

酒は飲まない部屋主のような人間からすれば百害あって一利なしです。というか、いつ自分や知人がその犠牲者になるかわかったもんではありません。ゆえにアルコールなんか禁止にしてしまえばいいのにと思う今日この頃です。

13章の感想

ここを読む女性の方はある程度覚悟しておいた方がいいのではないでしょうか。ムナクソ悪さは他と比べて勝るとも劣らない上、その対象が女性であるわけですからきっと吐き気を感じるかと思いますから。男の部屋主でも相当気分悪くなりましたからね。

とはいえ、この本で触れられてる精神鑑定やマスコミ、刑法39条に関しては多少知識があったのですが、ここで登場する「刑法177・178条」に関しては初耳でしたので非常に勉強になったものです。

にしても、この刑法はいったいなんなんでしょうかね。というか、これを適用して加害者を減軽してしまう判決を出す裁判所はいったい何を考えているのでしょうか。著者も「安全と正義はどこにいったのか」と書いてありますがまさにその通りでしょう。腐ってるとしたいいようがないです・・・

14章の感想

一つの精神鑑定の出した結果が招く事態の大きさを書きたかったのか、それとも微罪でしょっぴく警察に対してなにか言いたかったのか。いまいち著者の意図がよくわからん章かと思います。もちろん部屋主の頭が悪いという可能性が大きくてあれですが。

15章の感想

ここもやれやれですね。もちろん子どもを殺す親や、親を殺す子どもに対する怒りもありますが、そんな殺人者に対して無罪放免を出す日本の司法制度に対する怒りが込み上げてきます(もちろん例外はあると思いますが本書に登場するようなケースでは)。

ここまで著者が何度も述べてきているように「正常な精神で行なわれる犯罪」など皆無に等しいわけですから、「正常」などという理解不可能は基準では、「こんな珍奇な論理がまかりとおるならば、世の中の大半の殺人事件は無罪とならざるをえない」という、これまた著者の言うとおりになることでしょう。

16章の感想

人格障害に関する細かい記述が勉強になるものの、他はだいたいがここまでの書かれてきたことのまとめといった感じですね。ゆえにここで書くべき感想はすでに書いてあります。

とはいえ、この章にも新たな犯罪者が何人も登場するので、ここまでと変わらぬ気分の悪さを味わえます。これだけ腸の煮えくり返る事件とその対応があるということは、著者の言う「日本は世界一、犯罪者に優しい国であり、量刑が最も軽い国なのである」という意見もあながち間違ってないのかもしれませんね(もちろん著者はきちんと心神喪失に関して各国と比較してあります)。

ちなみに、ここではかつて日本を震撼させ、このブログでも「14階段」で紹介した「新潟少女9年2ヶ月監禁事件」の犯人「佐藤」についても少しだけ触れられています。

終章の感想

この章は完全にここまでのまとめです。上記してきたような問題点とその改善点について言及されていますので、ここだけでも立ち読みして欲しいと部屋主は思います。

最後に、この本で紹介されている最低な犯罪者たちはもちろん、そんな犯罪者を無罪にするためにろくでもない理論を持ち出す精神鑑定家たち、異常な判決文で無罪判決を下す裁判所の人間たち、自分たちの利益のために39条削除に反対し意味のない精神鑑定をしようとする弁護士たち、これらの事実を報道しないマスコミ関係者たち、立法を担ってるいるという自覚すらなさそうな政治家たち、あなたたちは本当に「正常」人間なのですか・・・と、問いたいです。

そして、著者の「甚大なな被害にあってから、はじめて現行法の不条理を知る、というのは悲しいことです。本書がそうならないための一助になることを祈りつつ──」という言葉があらわしているように、ここを読んでくれている皆様も一緒に今後の日本について考えていきましょう。

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赤ちゃんの値段

ここを見てくれてる皆様は、日本が「赤ちゃんの輸出国」であることを知っていますか?恥ずかしながら部屋主はこの本を読むまで全く知りませんでした。

赤ちゃんの値段 Book 赤ちゃんの値段

著者:高倉 正樹
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:A

内容紹介のようなもの

望まれないに妊娠の果てに「売られていく」子どもたちの実態に迫ったドキュメントです。

「プロローグ」では、日本は養子斡旋をめぐる明確な法律がないこと、日本人養子は海外で人気があり高額であること、望まない妊娠によって生まれる子どもが養子となること、日本は国連・子供の権利委員会から養子縁組の件で警告を受けているのに無視し続けていること、などについて書かれています。

第1章「望まない妊娠の果て」では、昭和30年の中絶件数は117万件でそのうち20歳未満は1万4千件で1%だったこと平成15年の中絶件数は31万件でそのうち20歳未満は4万件で13%に増えてること、まじめな子ほど手遅れになって中絶できなくなることが多いこと、戸籍をきれいにする方法、海外に子供を斡旋するうさんくさい事業者(違法、斡旋料は無料とうたい善意を強調し寄付金を要求、生みの親への意思確認をしないなど)、障害児は安く斡旋されること、などについて書かれています。

第2章「海を渡る子どもたち」では、取り締まる法律がないから何人海外へ斡旋されているか把握できてないなどといった実態を全く認識できていない日本の事業者・自治体・行政の杜撰な現状について、『公園に赤ちゃんを置くこともできる』や『タダで適当にあげている』という養子斡旋事業者について、報道することによって著者に脅迫がきたこと(キリスト教系の養子斡旋団体から)、日本社会や家族が養子縁組に対する理解が少ないこと、などについて書かれています。

第3章「なぜ『野放し』なのか」では、法の網が不十分で抜け穴だらけであること(無届け行者の報告に罰則規定がないことや、「赤ちゃん」のみという不自然な状況でも出国できることなど)、法の盲点をつく悪徳事業者について、家庭裁判所を通さない養子縁組の多さ、児童相談所と公的斡旋、国連や日弁連から非難を浴びている日本の対応、などについて書かれています。

第4章「中国、韓国の『赤ちゃん市場』」では、中国の養子縁組ツアーやそれが人気を集める理由、子どもの「輸出国」の汚名を返上した韓国、ハーグ条約未批准の日本とアメリカ、などについて書かれています。

第5章「養子たちの『ルーツ』探し」では、養子が親になったころからはじまる自分のルーツ探しについて、養子の知る権利と養親の隠す権利について、「養子本人か養親」「生みの親」の双方が連絡を望むかどうか政府機関に登録する「コンタクト制度」、養子に出生に関する情報が当初から明かされている「オープン・アドプション」、などについて書かれています。

第6章「養子斡旋の歴史」では、戦後の日本の養子斡旋事情、「里親制度」の歴史、「合法的な母子断絶」を実現した「特別養子縁組制度」、子どものための制度の考案の重要性、などについて書かれています。

第7章「海外流出から国内斡旋へ」では、海外養子斡旋問題がはじめてとりあげられた国会答弁とその情けない内容、ハーグ条約の内容紹介、ハーグ条約の批准に向けた国内法の整備と具体的な「養子縁組斡旋法」について国内養子促進の重要性、養子縁組過程への経済的援助の検討、中学生からの避妊教育(避妊をしないと100人中30人は妊娠する可能性があるそうです)、望まない妊娠を減らすことの大切さ、などについて書かれています。

「エピローグ」では、赤ちゃんのころにアメリカに養子斡旋された女性が日本の実母を探したときの話が書かれています。

※巻末には参考文献、ウェブサイト、第7章で紹介された「養子縁組斡旋法」の提案の全文が記載されています。

部屋主の感想

この手の知識があまりなかったので実に興味深く読めました。内容と格言をかなり力いれて書いたので感想は短くいきたいと思います。というか、内容と格言を読んでもらえれば、そこに部屋主の感想が見えてくると思いますので。

実に勉強になったのですが、やはりというか「闇のルート」については示唆されているだけで詳しい内容については書かれてないのが残念です。とはいえ、まだ取材途中みたいな印象を受けますので、続編が出ることに期待したいところです。

最初の方は自分勝手な親やその親、そして無責任な事業者や自治体や政府の反吐が出そうな「ケース」が多いので、ムナクソ悪くなりますがけっこうサクサクと読めます。ですので、前半だけでも読んで欲しいと部屋主は思います(前半を読むと後半も読みたくなると思います)。

格言の一番下に書いてあるようすれば、この養子斡旋問題のかなりの割合で解決は可能だと部屋主は思うのですよ。しっかりと法整備をして、望まない妊娠をしなければいいわけですから。何故これができないのでしょうか?不思議です。そして気分悪くなります。

とにかく色んな人にこの本を読んでほしいです。そして、こういう現実が日本にあるということを知ってほしいです

この本から部屋主が選ぶ格言

「『家族の中でも、この疑問をくちに出すのはさけてきたことですが・・・息子は本当にカリフォルニアに行ったのでしょうか?』 その問いに確証を持って応えられる人間は、おそらく日本中を探してもいない、と私は思っていた。生みの親も、行政や裁判所も、当の斡旋事業者さえも、海外の養子たちが今どこで何をしているのか、満足に答えられない」本文より

かつて望まない妊娠をして海外に養子斡旋をした女性の子供を探し出せなかったときの会話の場面からの抜粋です。

解決の第一歩は、養子縁組に関するハーグ条約を批准すること。しかし、国は『批准すると仕事が増えてコストがかかる』『養子縁組は個人の問題だから関与しない』と主張し、批准に向けて動き出そうとしていない。国際養子縁組の監視を強めつつある世界の潮流とは完全に逆行しているのです」by奥田安弘(中央大学法科大学院教授)

養子斡旋という問題に取り組み始めた著者が奥田氏と会話した場面からの抜粋です。

養子斡旋の問題の根深さはこうした無届け事業者の実態について、厚労省も自治体も全く把握してないということだ。斡旋事業者が全国にいくつあるか、斡旋先はどこか、どれだけの実績があるのか・・・。報告義務もなく、実態を知るすべがないから、養子となった子どもの人権にかかわるトラブルがあっても、対策を講じることはできない」本文より

届出で義務には罰則はないし、自治体によっては積極的に把握しようとせず結果的にでたらめな活動にもお墨付きを与えている一面さえあるそうです。

国境を越える国際養子縁組が、児童買春やポルノ、臓器売買などの隠れみのに悪用されかねない危うさを抱えているからだ」本文より

ゆえに国際養子縁組は慎重に法に則って行わなければならないわけですね。

現状では民間事業者が『自己流』で養子を斡旋していて、悪意はないかも知れないが、粗雑なケースも多い」by奥田安弘

悪意がないところが逆に怖いのですよね。

里親制度の充実など、用保護児童を支える社会の仕組みを整えることは真っ先に必要だ。それと同時に、未成年・未婚の女性たちの望まない妊娠を少しでも減らすことが海外養子の有効な抑制策になるだろう。望まない妊娠の問題を医療現場任せにせず、国や自治体が深刻に受け止め、本格的な対策に乗り出すべきだ」本文より

まさにその通りですよね。これに向けて政治が動くように部屋主たちも勉強すべきなのだと思います。

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杜撰で違法な赤ちゃんの「輸出」について

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累犯障害者 獄の中の不条理

ここ数日、寝屋川の事件をめぐり「広汎性発達障害」と「犯罪」についてにわかに脚光を浴びてます。ということで「障害者」と「犯罪」について書かれたこの本を紹介してみたいと思います。

累犯障害者 Book 累犯障害者

著者:山本 譲司
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:A

内容紹介のようなもの

2001年、「秘書給与詐欺」で実刑判決を受け、服役中の刑務所において一般受刑者から「塀の中の掃き溜め」呼ばれる障害を持つ受刑者の業務サポートという懲役作業を行っていた元衆議院議員である著者が、マスコミが報じない知的障害者の現実について書いた本です。

序章「安住の地は刑務所だった-下関駅放火事件」では、刑務所に戻りたかったという理由で放火をした知的障害者の事件を通して、2004年度の新受刑者総数32090人のうち7177名(22%)が知能指数69以下であること、知的障害のある受刑者の7割以上が再入所者であること、そのうち約2割が10回以上服役経験があること、警察の誘導尋問の問題性、障害者によくある劣悪な家庭環境、などについて書いてあります。

第1章「レッサーパンダ帽の男-浅草・女子短大生刺殺事件」では、友達になりたかったと言って女性短大生を刺殺した事件を通して、刑務所の職員体制の不備、届かなかった福祉の手、自責の念にかられる関係者たち、加害者の反省という非常に困難な問題、などについて書いてあります。

第2章「障害者を食い物につす人々-宇都宮・誤認逮捕事件」では、強盗として誤認逮捕された障害者の事件を通して、刑務所にいることすら理解できない受刑者について、警察の強引な逮捕(物証なし)、刑務所よりも人権が侵害される精神科の閉鎖病棟成年後見制度(判断能力が不十分な人を後見人が保護・支援していく制度。これにより後見人が財産管理や契約行為を本人に代わって行うことが可能となる)を利用して暴力団が知的障害者の年金等を奪っている現実福祉行政の不備・怠慢・機能不全、などについて書いてあります。

第3章「生きがいはセックス-売春する知的障害女性たち」では、親子2代にわたり売春を「生きがい」として生活してきた知的障害のある女性2組の話などを通して、要保護女子のための施設について、売春組織(暴力団など)、知的障害をもつ女性の生きがい、などについて書いてあります。

第4章「閉鎖社会の犯罪-浜松・ろうあ者不倫殺人事件」では、被害者も加害者も「デフ・ファミリー:Deaf Family(Deaf:耳が聞こえない)」だった殺人事件を通して、メディアが報じなかったこと、かつて「ろうあ者」(漢字で書くと今では差別に当たるそうだ)は罰せられなかったということ、健常者の使う手話とろうあ者が使う手話の違いという問題、手話の違いのために発生する尋問・裁判の問題、携帯電話の登場により劇的に変化したろうあ者の世界、などについて書かれています。

第5章「ろうあ者暴力団-『仲間』を狙いうちする障害者たち」では、障害者を喰いものにする非道な事件なのに加害者も障害者であるためマスコミは報道しないろうあ者団体も抗議しなかったこと、ろうあ者の教育制度(口話優先)と常識の欠如についての著者の考え、などについて書かれています。

終章「行き着く先はどこに-福祉・刑務所・裁判書の問題点」では、触法障害者(犯罪歴のある障害者)は福祉にも無視される現実触法障害者の行き着く先は再入所・ホームレス・ヤクザ・閉鎖病棟・死亡がほとんどであること、知的障害者の出生率は全体では2~3%と言われているが日本で認知されているのは0.36%ということ、現在の刑務所では矯正できないこと(じょじょにではあるが変わりはじめていること)、刑事裁判の問題点、などについて書かれています。

部屋主の感想

実に面白かったです。自閉症で知的障害という子の支援事業にちょこちょこ関わっている部屋主は、この手の知識はそれなりにある方だと思ってましたが、当たり前だけどまだまだ知らないことが多く、自分の無知さ加減に凹みました。

この本で紹介されているような事件はマスコミが報じないので、この手のことを知らない人には目から鱗かもしれません。でもって、こういうことを知らない人にこそ読んで欲しい本ですね。中には下関駅放火事件やレッサーパンダ事件のように、事件後はセンセーショナルに報道されたものの、犯人逮捕後にはすっかり報道されなくなったような事件のその後がわかったりもします。

こういうマスコミの態度には辟易とさせられるものです。とはいえこの本はマスコミ批判系ではないので、メディア論に関することはこのへんで(メディア批判系では「ご臨終メディア」がオススメです)。

さて、感想ですが「自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の『罪と罰』」とかなり被ります(上にかいたメディアに関しても)。「自閉症裁判~」では一つの事件を深く掘り下げて取材して障害者の様々な問題を売り彫りしていますが、この本では様々な障害者(おもに知的障害と聴覚障害)の起こした事件を通して、障害者をとりまく様々な問題に光を当てています。

両方ともオススメですが、部屋主個人としましては「自閉症裁判~」の方が一つ一つの論点について深く書かれている点(特にこの本でも大きな論点の一つになっている警察の取調べ・誘導尋問・裁判について)、被害者の家族の詳細なインタビューがあといったようなところで優れているように感じました(読んだ順番もそう感じる要素かも)。

とはいえ、この「累犯~」では、刑務所内と出所後の触法障害者について触れられている点や福祉行政が機能していない点(あまり詳しくはない)について取材しているあたりは優れていると感じました。また、多くの障害者の事件について触れられているので、こういう障害者を取り巻く環境について勉強する入門書としてはこちらの「累犯~」の方が良いとも思います。

他にも、聴覚障害者の知識が部屋主には全くなかったので、手話の違いの話や「デフ・ファミリー」や「デフ・コミュニティ」の話は勉強になりました。また、聴覚障害者の教育の問題についても非常に考えさせられる内容かと思います。

それにしても、この手の本を読んでいると反吐が出そうになりますね。特に障害者を喰いものにする暴力団警察の誘導尋問刑務所の矯正能力のなさ福祉行政の機能不全などに関しては読んでいて心底怒りが込みあげてきます。

まず暴力団に関しては単純に徹底的に潰すべきかというのが部屋主の想いですね(まぁこれが難しいのですが)。

次に警察ですが、尋問の可視化と障害者に関する理解さえあればすぐにでも改善されるので、是非ともなんとかして欲しいものです。ただ、こうすれば警察機構の怠慢が明らかになり業務がしんどくなるのでなかなか難しそうですが。

刑務所の矯正能力に関してはなかなかに難しそうですが、現在ここらへんは性犯罪者がメディアで大きく取り上げられたために色々と改善点が見られてきているので、今後どうなるか気になるところです。障害者についてもなんとかなるように動いていきたいものです(ヒッキーだけど)。

福祉行政についても色々と難しそうですが是非とも頑張って欲しいものです。とはいえ、一応ここに当たるところでバイトしている部屋主としましては一抹の不安があるのも確かです(以下はあくまで部屋主の被害妄想的1部の現状ですので)。

(こんなことを書くと怒られそうですが)なぜなら部屋主の周りの人たちは税金を使っているという意識が非常に低いように思えてならないからです。つまりコストパフォーマンス的な考えが皆無の上、評価が困難な仕事であることをいいことに自己批判せずに税金を引っ張ってくることには執着してるように感じてなりません(正直、今の仕事は必要ないから辞めようと常に自問自答しています。ここにこんな税金を投入するくらいならもっと別の必要なとこにまわした方がいいと思うことも多々あるからです)。

しかも論理や理論より感情が先にきてる場合が多く、それによって困ることが多々あるからです(感情的なものが悪いといっているのではありません)。

どうにも福祉行政利権ではと勘繰ってしまうこともありますし・・・(部屋主が働いてる環境があれなためにそう感じることが多いという可能性はあります。あんまり書くとあれなので「同和利権の真相」シリーズを紹介することくらいで止めておきます)。

愚痴っぽくなってしまいましたが(というか完全に愚痴ですね)、中にはきちんとした考えをお持ちの方もいるというのも確かです(というか大半が優しくていい人ばかりです。ただ上記のようなコスト意識などがないと)。こういう現状は部屋主の周りだけであること、部屋主の被害妄想であることを祈ります、もちろん障害者の明るい未来と、その障害者によって被害者となる人たちがいなくなるような社会が来ることを祈りたいと思います。というか、そういう社会が来るように、ヒキコモリながらブログで啓蒙活動を続けたいと思います。

あと、サイドバーでも紹介している「そして殺人者は野に放たれる」も一緒に読んでおいてほしいと思います。こちらは心神喪失の名のもと、罪に問われることのない精神障害凶悪犯について触れられいます。もう一回読んでレビューしようかな・・・

この本から部屋主が選ぶ格言

俺ね、これまで生きてきた中で、ここが一番暮らしやすかったと思っているんだよ」byとある触法障害者

こことはもちろん刑務所のことです。こういう発言が出るほど日本の刑務所は快適なのか、それとも健常者の社会が暮らし辛いのか・・・

職員体勢の不備は否めない。現場刑務官たちは満足に年次休暇を取れないどころか休日出勤や長時間にわたる超過勤務が常態化している。そんな中では、到底、矯正教育にまで手が回らないわけだ」本文より

刑務所の現実の一端です。色々と改善の余地はあるでしょう。試験制度の門戸を広げてテストを難しくするなどがいいのではと部屋主は思っています。

もっと早くあの家族と会っていれば、事件は起きなかったと思う。~悔しいな・・・自分たちの力不足を感じるよ」by岩淵氏

レッサーパンダ事件後に、加害者家族の支援をした福祉関係の方の言葉です。福祉関係者に関わらず、あらゆる人がこう考えるようになれば障害者による事件は少なくなるように思います。

この国の司法はいま、彼ら知的障害者の内面を窺う術を持ち合わせていない。結果的に彼らは、反省なき人間として社会から排除され、行き着く果てが刑務所となる」本文より

反省を重んじる日本の司法制度と、倫理的基準を身につけにくい、よしんば修得してもそれを外部に発信するスキルのない知的障害者の現状についての抜粋です。考えさせられる重い言葉かと思います。

精神科の閉鎖病棟には、家族や地域福祉から見放された知的障害者が数多く入院していた。本来なら彼らに必要なのは福祉的ケアであって、医学的治療など必要ないのである。~彼らは結局、閉鎖病棟中で、薬漬けの毎日を送っているだけなのだ」本文より

これまた重いです。一概にコメントできない難しい問題かと思います。皆様も考えてみてください。

弱い者を唆して性の商品にする『知的障害者の売春』を決して容認するわけにはいかない。~しかし一方で現在の社会に彼女たちの居場所は他にどれほどあるのだろうか、とも思う。~彼女たちはい、風俗や売春の経験を語る時、本当に嬉々とした表情を見せる」本文より

重いです。この前後の文章とあわせて考えると問題の根の深さが浮き彫りになりますので是非とも読んで欲しいものです。

ろうあ者にとって、素のままの自分を出せるのは、デフ・コミュニティの中だけなのであろうか。社会のなかでは萎縮しい、仮面を被って生きている彼ら彼女ら。そんな姿が見えてきた」本文より

読んでいて痛かったです。部屋主もその社会の一部なのですから・・・

「彼らの消息そ訪ねる中、触法障害者を取り巻く世の中の現実が、かなり見えてきた。かろうじて再犯者になることを免れている者も、「路上生活者」「ヤクザの三下」「閉鎖病棟への入院」、そして「自殺者」や「変死者」になっていたりと、それは、あまりにも切ない現実の数々だった」本文より

もはやコメントはもういいですよね。他にも抜粋したいところは多いのですが、いい加減長くなったのでこのへんにしておきます。

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障害者と健常者の共存できる社会をと願う方はよろしくです。

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治安はほんとうに悪化しているのか

犯罪に関して部屋主は色んな意味でとても興味があります。ゆえにこういう本を見るとけっこう買ってしまいます。

治安はほんとうに悪化しているのか Book 治安はほんとうに悪化しているのか

著者:久保 大
販売元:公人社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:

内容紹介のようなもの

東京都の前治安対策担当部長だった著者が、資料を精査しながら、治安悪化に関する言説について検証していく本です。

1章「『治安が悪化してる』と皆がいう」では、「客観的な指標」と「主観的な印象」という2つの治安悪化の語られ方、治安の定義、防犯から治安へと言葉の置き換えが進んだのはなぜか、治安が悪化した原因はどのように語られているのか、といったことを説明しながら、悪化の原因が社会的な規範の緩みや従来の規範は通用しずらいものへと帰せられる傾向があると述べています。

2章「『治安』はどんな風に悪化しているというのか」では、治安の悪化の実態はどのように説明されているか犯罪認知件数と申告率を巡る問題、認知件数はなぜ増加したか、犯罪凶悪化の実態、ということを統計データを用いて読み解きながら、犯罪が増加・犯罪が凶悪化してるかどうかは不明であると述べています。

3章「少年による犯罪は増加し、凶悪化し、低年齢化してるのか」では、少年犯罪についての検挙人員と共犯率の関係、検挙人員と検挙件数の問題検挙する側の事情、人口比という基準の登場、比較する期間の取り方によって変化する見方→つまり自説に都合の良いデータを切り取って語られがちということ、昔と今の少年による凶悪事件の類似例、少年の環境や心理の単純化された言説、統計処理上の量的側面だけを捉えた結論づけへの問題提起、といったことについて解説しながら、少年犯罪の増加・凶悪化・低年齢化しているという事実は公式データからは裏付けることは難しいと述べています。

4章「外国人犯罪は治安を脅かす主因か」では、外国人入国者の数、対象犯罪範囲の定義問題(入管違法者を入れるのかといったような)、不法滞在者の問題、外国人労働者と企業や地域社会の問題、といったことについて言及してあります。

5章「『治安の悪化』否定論はなぜ説得力をもたないのか」では、「体感治安」と「犯罪不安」、「自分の周囲の環境に対する不安」と「日本全体にわたる漠然とした不安」を「体感治安」という言葉で一括りすることの問題、モラルパニック、危険の存在と警察組織の存在意義、テロの不安、マスメディアの報道に対する問題あらゆる言説をわかりやすい枠組みの中で語ろうとすマスメディアの問題いったことについて書かれています。

6章「『治安悪化』の言説はなんのために語られ、何をもたらしたのか」では、警察官の増加と警察組織防衛本能に基づく言動の問題、「指標治安」という概念の登場、安全の商品化、監視カメラ、閉じられたコミュニティ、権力の濫用、監視社会、自主規制の規律化、といったことについて述べています。

部屋主の感想

全体的な感想としましては、値段(2400円+税)もさることながら、内容的にも普段あまり本を読まない方には、少々厳しいところがあるかとも思います。

けれど、解釈の難しそうな言葉には「注」がたくさんついていたり、柔らかい文体で書かれていたり、各章の最初には、その章の内容についての問題提起となぜその問題提起がなされたか、そして章末には内容から導き出された著者の意見がまとめられているといった風に、難しい問題を少しでもわかりやすく説明しようと頑張ってる本なので、普段あまり本を読まない人にも是非とも頑張って読んでほしいと思います

何よりもこの本で書かれている「治安」ということは、すべての皆様に重要な用件なので、これを機会に是非とも色々と考えてほしいと思いますし、その考えるための重要なヒントをこの本は与えてくれる良書だとも思います。

読むのが面倒という方は、少なくとも上記した章の最初の問題提起と章末の結論、そしてむすびにかえての部分だけでも目を通してくれると部屋主はとても嬉しいです。

さてさて、細かい感想としましては、巷に溢れている治安悪化の言説と、それを支える客観的データがいかに胡散臭いかを述べたり(客観的なデータ操作に関しては「社会調査のウソ」がオススメです)、言葉を巧妙に使い分けて人心を操作してるのでは思いたくなるほどの行政側の考え方、それらを浸透させるマスコミの問題点(マスコミ批判については「ご臨終メディア」などがあります)など、知ってることも多々あったものの示唆に富んだ内容なので、色々と勉強になりました。

また、最近の少年の凶悪犯罪と過去にあった少年の凶悪犯罪の類似点のところなんかは、特に少年犯罪が凶悪化したとは思えない例としてはとてもわかりやすいし面白かったので印象に残りました。

外国人犯罪に関しても、それの発生する経済問題といった土壌にまで言及がされているのも好感がもてますね。

結局、最後まで読んでも「治安は悪いのか?それともいいのか?」という問題に著者は答えを出していませんが、犯罪統計に関してはデータを自由に操作できるのでどちなの結論も出せるので、それよりも「治安の悪化」という言説を産み出し、それを広める背景について導き出そうとしている姿勢はとても良いと思いました。

最後に、著者は学者さんではないのですが、様々な分野の勉強をしているのだいうことが読んでいてわかります。部屋主もこういう多様な引き出しのあるゼネラリストを目指して頑張りたいと思いました。

この本から部屋主が選ぶ格言

主張したい内容にあわせて検挙件数と検挙人員を使い分ければ、どのようにも評価できてしまう

警察権力や、治安は悪化してると言いたい人たちはこの数値を操作して、いくらでも治安は悪化してると言えるということです。主観的印象に基づくものはともかく、客観的指標による治安悪化の言説も信用ならないものが多いということです。

受けての側にいる人々も自らの感じている社会不安の因ってくるところの何かを表象、つまり形にして説明してくれるものを求めていた

このような姿勢が騙す側にとっては格好の標的となるのでしょう。騙されないように常に自身でしっかり考える人間になりたいと思います。

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