不育症戦記 生きた赤ちゃんを抱けるまで 楠桂著

Caramelcafecafe」の「陸抗」さんに貸していただきました。

【BOOK】不育症戦記 生きた赤ちゃん抱けるまで

【BOOK】不育症戦記 生きた赤ちゃん抱けるまで
販売元:ペーパームーン Yahoo!店
ペーパームーン Yahoo!店で詳細を確認する

部屋主の独断ランク:B

内容紹介のようなもの

お腹の中で、赤ちゃんが育たず流産・死産をくりかえしてしまう『不育症』。

「年間7万人以上の女性が立ち向かっている不育症。

 患者さんの真実がここにありました」(帯より)

感想

読むのが苦しかったです。

数ページ読むごとに休憩を入れて読んだので時間がかかってかかって。たぶんこれだけ休み休み読んだ本(漫画)は初めて、というかこれ以外になかったと思います。

苦手なものがほとんどない部屋主ですが、実はこの手の話はかなり弱かったりするんですよね。

なぜかと問われると理由はよくわからないのですが、想像が届かないところへの恐怖というかなんというか。

女性に対する申し訳なさというかなんというか。

なんにせよ恥ずかしながら、この本に出会うまで不育症について言葉すら知らなかった自分自身にへこみます。

とにかく勉強になりました。

「陸抗」さん、考える機会をくださってありがとうございます。

最後に、「どうかこの漫画が誰かのささやかな道標になりますように・・・」と書いてありますが、ほんとそう思います。

抜粋

「どうかどうか神様

 たくさんないたママをみんな幸せにしてください」

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さよなら紛争 武装解除人が見た世界の現実

読みました。

さよなら紛争 (14歳の世渡り術) Book さよなら紛争 (14歳の世渡り術)

著者:伊勢崎 賢治
販売元:河出書房新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:C

内容紹介のようなもの

「『平和』をもっと広告しなけれれば戦争は終わらない。利用される少年兵、悲惨な虐殺、国家の破綻。

 泥沼化した現場で紛争解決を指揮してきた著者による、新しい平和構築法」(帯より)

序章 「紛争屋」への道

第一章 「シエラレオネの内戦」

第二章 利用される少年兵

第三章 武装解除の指揮をとる

第四章 国連の『保護する責任』

第五章 矛盾する人道主義

第六章 平和を獲得する新しいメソッド

感想

14歳の世渡り術シリーズということで部屋主には少し物足りなかったですが、中高生に調度いい本だと思います。

なんて思いながら読んでるあたり、いつかまた教師をやりたいとどこかで意識してるかなとも。

深さがない分簡単に読めるし、なかなかにバランスのとれた本だと思いますので、チラっと見てみてくれるとありがたいです。

抜粋

「なかでも最も残虐だったのは、少年兵同士の『賭け』です。
 対象は妊婦。
 おなかにいる子どもは男か女か?という賭けです。
 そして捕らえた妊婦の腹を割いて勝ち負けを決めるのです。
 その後、妊婦も子どももそのまま放置してしまうのですから
 どちらも死んでしまいます。
 あり得ないでしょう?
 でも。これは非常に広範囲で行われたギャンブルなのです」

「シエラレオネの内戦を止めた1999年の『ロメ和平合意』を主導したアメリカや、暗に支持した国連(僕を含む)は、ひとつのメッセージをシエラレオネの次の世代に刷り込んでしまいました。

 『ひとりやふたり殺せば殺人事件として警察に捕まるが、
  千人単位で殺せば戦争犯罪にになり
  結局は恩赦され、社会復帰を受けられる』…と。

 僕は今でもわかりません。どうすればよかったのか」

「みなさんは全ての犯罪を『なかったことにする』『チャラにする』ことでしか戦闘をやめさせる方法がないとき、自分の家族の命を奪った『テロリスト』と妥協することをどう考えますか?あなたなら、殺人者たちを許すことができますか?」

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児童虐待 現場からの提言

先日虐待をテーマにしたホラー小説「スイート・リトル・ベイビー」を読んだり、ちょっとこの手の知識が欲しかったので購入しました。

※この記事を書いたのも1年半くらい前だったりです。

児童虐待―現場からの提言 (岩波新書) Book 児童虐待―現場からの提言 (岩波新書)

著者:川崎 二三彦
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:A

内容紹介のようなもの

約15年で30倍以上の33408件までになった児童虐待(2006年)。その現場の1つである児童相談所に30年以上勤務する著者が語る、児童虐待の実態と提言。

第一章 児童虐待とは何か

児童虐待の定義、しつけと虐待の違い(自治体ごとの比較を通して)、体罰について、懲戒権について、ネグレクト、性的虐待、保護者以外の児童虐待をどうするか、心理的虐待、などについて書いてあります。

第二章 虐待はなぜ起きるのか

虐待の危険性を増す4つの要素(生育史・ストレス・社会的孤立・親の意に沿わない子供という場合)、悪循環に陥る被虐待児(虐待されることによりより虐待を呼び込みやすい人格になっていくこと)、などについて書いてあります。

第三章 虐待への対応をめぐって

知られていない虐待通告義務(児童虐待を通告するのは国民の義務)、虐待を発見することの難しさ、誤報をいかにして社会が受け止めるのかについて一時保護、保護者との対立、家庭への立ち入り調査、警察の介入、などについて書いてあります。

第四章 虐待する親と向き合う

保護者への指導、指導に従わせることの難しさ、全く違うDV防止法と児童虐待防止法、司法・警察による児童虐待への介入の不十分さ、親子の分離と再統合、などについて書いてあります。

第五章 児童相談所はいま

日本の貧しい児童福祉体制、専門性の確保、職員の過大なストレス、一時保護所の実情、児童心理士の配置、行政機関の対応における問題、などについて書いてあります。

第六章 児童虐待を防止するために

ご近所の底力、虐待防止キャンペーン、子育て支援、体罰を禁止した川崎市の条例、虐待の相談の背後に隠れている貧困問題、などについて書いてあります。

部屋主の感想

実に考えさせられました。あと胸糞悪くもなりました。

まず虐待の定義からしてなかなかに難しく、しつけととの違いになるとさらに難しくなります。

自治体でこの基準がかなり違っていることを本書では指摘していますが、正直なところ、ここまで違うのかとびっくりしました。

次は、ケースとして登場する家族の知識のなさに驚きました。知識がないから行動が虐待へとエスカレートしていく。「無知は罪」。「通告義務」についても含めて、つくづくそう思いました。

年ととってもバカはバカかもですが、若い方が知識も経験も金もないので、いっそのこと未成年のセックス禁止とかにしてやればいいような気もします。禁止することにより助長される危険があるのでこれまた難しいですが・・・

それはさておき、「誤報」をいかにして社会が受け入れるのかというのも実に考えさせられました。疑わしい場合も通告するのであればあ、6人の子供を保護するために4人の子供の誤報を受けれいれなければならないという統計もあるらしいです。

無実なのに通告されるのは気分悪いですが、これで子供たちが助かるなら社会は受け入れていく覚悟をせねばと思います。

にしても児童相談所の仕事の困難さはかなりなものですね。ある意味で想像しやすいですが、ムカっぱらがたちます。

もっと政治を良くして、財源を確保してここにまわして欲しいものです。老人にまわしているお金や富裕層を優遇しているのや、その他諸々の無駄遣いをやめれば、いくらでもお金はもってこれるはずです。

また、心理職についてもふれられていますが、それに関しては部屋主はいまいち否定派なのでこれまた別の代替案を考えねばと思っています(なぜ否定派なのかままた近々別の本の紹介の時にでも。カテゴリ「1:心理・精神」あたりを読んでいただければある程度わかると思います。ただ児童心理士に関しては不勉強なので保留という方がいいかもです)。

貧困問題など子ども達や親だけに焦点を当てるだけでなく、ちゃんと社会や環境に対する言及がなされている点も評価できるかと思います(この視点が心理職には欠けがちなのも上記で保留する理由の1つです)。

ただ、最後の方で体罰を容認する社会の風潮を変えていこう的なことがあるのですが、部屋主は体罰については、TPOや相手との関係を考えると、必要な場合もあるとも思ってるのでそれはいかがなものかとも。

この思想が虐待につながるとも思うと、これまた色々と考えなければですが。とりあえずもっと勉強したいと思います。

途中、「子どもの待防止ネットワーク・あいち」代表の故「祖父江文宏」氏の「これは、小さい人たちに対する、私たち先に生まれた者がきちっと責任を果たしてこなかった結果だと思います」「この事態に対応しきれなくなっている原因は、実は私どもが果たしてこなかった責任の累積だというふうにお考えいがだきたい」という言葉が引用されています。

「これ」や「この事態」とはもちろん虐待のついての問題です。先に生まれた者として、今後生まれてくる子ども達が生きやすいような環境を作っていきたいものです。

この本から部屋主が選ぶ格言

「虐待をしていると通告された子供の保護者は、実際に怪我をしているような状況であっても、それが虐待であると、簡単に認めようとしない」

「暴力行為は認めても、それはしつけの範囲であるという考えに、微塵も疑いはない」

「生育史の中で体験した出来事が、めぐりめぐって新たな虐待の火種になる、つまり<虐待の世代間連鎖>が生じ得るということは、現場にいてもしばしば感じることだ。いうなれば、過去が現在をおびやかすのである」

「虐待された子どもたちは素直に甘えが表現できず、情緒面でのコントロールも悪い。また、大人の気持ちを逆撫でするような言動に出ることもある。要するに内面と外に表す行動に大きなギャップが見られる。そのために、保護者から『扱いにくい嫌な子だ』と評価され、さらに虐待が繰り返させるという悪循環に陥っている場合がある」

「援助を必要としているからといって、その人が必ずしも素直に援助を求めるとは限らない。いやむしろ、最も強く援助を必要とする人が、最も強く援助を拒絶するということも、決して珍しいことではないのである」

「児童虐待の対策といっても、通告されなければ対応のしようがない」

「一時保護によって、確かに虐待の危険から身の安全が守られ、衣食住も保障され、子どもの権利を守れるとしても、保護の期間が長引くにつれ、実は一時保護そのものが次第に子どもの権利を侵害することにもなりかねない」

「現行制度のもとでは、保護者は自らの虐待行為をふり返るどころか、児童相談所職員に対して暴力的な抗議、威嚇、攻撃等をするか方法がないという構造になっているのである」

「もともと児童相談所と対立している保護者が、当の児童相談所が行う指導に従うのは難しい」

「仮に指導を受けなかったとしても、当の保護者には何らのペナルティも生じないからだ」

「相談内容を深めれば深めるほど、児童相談所が関与するあらゆる問題の背景には、広い意味での貧困問題が影を落としていると言わざるを得ないのである」

最後に2005年に作られたポスターの「子どもを虐待たいから守るための五ヶ条」の抜粋を。

その1 「おかしいと」と感じたら迷わず連絡(通告)を

その2 「しつけのつもり・・・」は言い訳

その3 ひとりで考えこまない

その4 親の立場より子どもの立場

その5 虐待はあなたの周りでも起こり得る

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不安に潰される子どもたち 何が追い詰めるのか 古荘純一

読みました。

不安に潰される子どもたち―何が追いつめるのか (祥伝社新書) Book 不安に潰される子どもたち―何が追いつめるのか (祥伝社新書)

著者:古荘 純一
販売元:祥伝社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:E

内容紹介のようなもの

「小・中学生のいじめ、うつ、自殺・・・

 小児精神科医が教える『こどもの危機』への具体的対応策」(帯より)

プロローグ 子どもたちの「不安」を増大させる背景とは

第1章 事件は「特殊な例」ではない。普通の子がなぜ?

第2章 いじめ問題の真因、「不安」のもたらす環境とは?

第3章 子どもの不安をなくす育て方とは?

第4章 子どもを不安から救うために、親と学級は何をすべきか?

第5章 子どもの「うつ」と、異常行動への対処法

感想

読んでて凹みました。

まず一番期待していた具体的な提言に関しては、だれでも考え付くし、すでに言われているいわゆる当たり前的なことばかりでした(なぜそうするべきかに関しても論拠は曖昧だし)。

うつや自殺やいじめといった問題も、知識がないのを露呈している感じがしています(「戦前の少年犯罪」の記事を参照してくみてください)し、統計を自分の好きなように解釈している節もあります。

というかむしろ、「そういうことは一応考慮に入れてますよ」的な文が入っているのをみると、わかってて書いてるという確信犯的な感じがしないでもないです。

もちろんいいところはあるのですが、あるから逆にそのギャップに凹みました。

あと「スクールカウンセラー」に増やそうといった提言をしているのですが、部屋主はこれに関しては色々t思うところがあり反対です(著者自信が書いてある問題点+カウンセリングを受けていた人間は責任を転嫁する傾向が高く犯罪率があがるというデータもあるそうですし)。

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教育大混乱

「学力低下の主因は「ゆとり教育」ではなく、学ぶ姿勢を失った子どもの変容にこそある!」という売り文句が気に入って購入してみました。

実は記事を書いてから半年以上経過してたりです。

教育大混乱 Book 教育大混乱

販売元:洋泉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:D

内容紹介のようなもの

1 「子どもが変わった」こをと認めない議論はすべて間違う 諏訪哲二

学園闘争と校内暴力の間の10年間で子ども(若者)が変化したこと、それにより子ども達を学校や教師が育てられない時代になったこと、などについて書かれています。

2 「ゆとり・生きる力」派の敗北と「学力向上」派の跳梁 諏訪哲二

ゆとり教育の前から学力低下ははじまっていたこと、学力向上派は近代絶対のシンプルな考えの人たちであること、ゆとり教育の良い点と悪い点、などについて書かれています。

3 「ゆとり教育」敗北後の小学校の実態を誰も知らない 鈴木一郎

1992年の「新しい学力観」以降の教育の迷走などについて書かれています。

4 陰山先生はそんなにえらいのか 鈴木一郎

陰山メソッド(100マス計算や生活習慣の改善)の良い点や悪い点について書いてあります。

5 「教育再生会議」はどこへ行こうとしているのか 川上亮一

最大の問題は学力の低下なのか、出席停止制度は切り札になるのか、混乱の原因は教師なのか、ということについて書いてあります。

6 市場の論理と教師査定で学校は活性化するか 喜入克

学校の変化とそれに伴う学校(教師)への無限のサービス欲求という弊害、「過大な幻想」・「責任の所在」・「倫理的な責任が職務としての責任へすり替わってしまうこと」といった問題点、「生徒と保護者の矛盾するニーズ」といった学校モデルの不適切さの問題、「メンバーズシップ」という観点の導入、などについて書かれています。

7 イジメの正体とその解決法 喜入克

どこからがイジメであるかの不明確さ、イジメは根絶できないということ、価値相対主義による生命尊重が第一という流れ、責任の所在という幻想、などについて書かれています。

8 「愛国心」は教育を再生するキーワードになり得ない 藤田敏明

法で愛国心を規定する事による規範意識の欠如の可能性、愛国心と公共心、矛盾する学校現場への要求、などについて書かれています。

9 「できる子」と「できない子」はどのように差がついていくのか 北村則行

親の責任について書かれています。

10 わが子だけ勝ち組になればいいのか? 諏訪哲二

メディアへの批判、独善的な親力への批判、などについて書かれています。

11 教育を経済や政治のことばだけで考えてホントに大事なのか 諏訪哲二

消費社会における教育、損得勘定による学習、ダメ教師排除運動への反対、などについて書いてあります。

部屋主の感想

かなり微妙でした。どうにも主観的な記述が多く(まぁ統計データを使いづらいからそうなるのも当たり前だとは思うけれど)、一応現場の端っこにいた部屋主としてはしっくりくるところとこないところの落差が大きい印象です。

子どもが変わったというのは昔を知らないのであれですが、少なくとも田舎育ちの部屋主の時代とは今はかなり違うので、確かにその通りだと思います。

あと商業主義などの弊害がというのも納得できます。

で、各章の感想はこんな感じ。

1・2は「ふーん、で、どうするの?」。

3・4は「そんなことはわかりきってる。だからどうなの?」。

5は「確かその3点の問題点はそうだと思う。ゆえにどうにかしなければならない。で、その案は?」。

6も「前半は確かにその通りでその対策は効果を発揮すると思う。ただ教師査定に関してはだから何?」。

7の「生命尊重第一の流れを、良い生き方や卑劣な生き方をきちんと区別するというのは、よくぞ言ってくれた」。

8は「だからどうするの?」。

9は「主観に凝り固まりすぎかつ親へ責任転嫁しすぎ。ただ、部屋主も現場にいたから感覚的には理解できる」。

10・11も「だからどうしましょう?」。

といった感じで、ここがおかしいから変えねばとという納得できる点でも、それに変わる改善点が書いてないところがほとんどで、なんかかなり拍子抜けな気分です。そういうところを勉強したいがタメに読んでるわけですから。

とりあえず前々から部屋主も思っていた納得できる点としては、この本の中でも幾度か登場した、「何か問題が発生した場合の特定の責任者という幻想とそれへの追求」と「学校への矛盾した要求」の2点でしょうか。

教育現場で何か問題が発生した場合は、もちろん特定の個人に責任を追及できる場合はあります往々にしてそれは難しいのではないでしょうか。

だからといって責任の所在を曖昧にするのはどうかと思うし、どうすればいいかはよくわからんわけだけど・・・

また、社会生活上のルールの尊重や責任感を強めるように言いつつ、もう一方では個性や生徒達の自主性を重視するようにといったことは、どう考えても矛盾しており、いかにしても達成不可能でしょう。

なのにこういった矛盾を、政府も親も生徒もマスコミも現場へと押し付けるのはいかがなものかと思います。こ

れまただからといって現場も開き直ってはいけないと思うので事態は複雑なわけで・・・とりあえずは全ての人間が冷静になればと思うのですがそれも教育のという鶏が先が卵が先か的な議論になってしまい・・・

あと、教員の不適格かどうかの基準について、あまり触れられてませんが、それを明確にするのは非常に難しいという意見には賛成です。

少し考えればそんな簡単なものじゃないということは、上記の矛盾等を考えるまでもなくわかるはずかと思います。また査定者の質も問題になってくるでしょうし。

・・・ううむ、なんか変な感想になってきましたね。責任転嫁するならば複数の著者がそれぞれ微妙に違うニュアンスで書かれてるんで総合的な感想はなかなか難しいのです。

とりあえず教育ってつくづく難しいです。

ゆえに今後ももっと勉強しなければと思います。

この本から部屋主が選ぶ格言

混乱の根本的原因は、社会の大きな変化の中で子どもが変わり、学校の役割が合わなくなっているということにある」by河上亮一

生徒やその保護者は互いに矛盾するニーズを学校にぶつけてくる。例えば一方では生活指導をもっと厳しくしてほしいというニーズが出され、もう一方では、生活指導をもっと緩くしてほしいというニーズが出される。ところが、顧客である彼らは、互いに孤立していてバラバラだから、自らのニーズが他の誰かのニーズと矛盾していることにさえ気づかない」by喜入克

法で規定するということが倫理的な(つまり内面的な)規範形成へのインセンティブを腐敗させ、二十歳未満の飲酒喫煙と同様に、見つからなければ制約されない「処罰事項」へと堕としてしまう」by藤田敏明

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いのちの食べ方 森達也

知人に紹介されました。

で、お気に入りの本「ご臨終メディア―質問しないマスコミと一人で考えない日本人」の作者の一人である「森」さんの作品ということで購入しました。

いのちの食べかた (よりみちパン!セ) Book いのちの食べかた (よりみちパン!セ)

著者:森 達也
販売元:理論社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:

内容紹介のようなもの

私たちがいつも食べているお肉。

そのお肉はどこからきたのか。

それがどうやってできるのかを私たちは知らない。

僕は不思議だと思った。

そして知りたくなり考えた。

そもそも牛や豚はどこにいたのかを・・・

だから僕は思う。知ることは大事なのだ。人は愚かだと昔からよく言われていたけれど、知っていることを間違うほど愚かじゃない。知らないから人は間違う。知る気になれば知れるのに、知ろうとしないこともある。戦争は愚かだと誰もが知っている。でも戦争はなくならない。本当の悲惨さを、家族が殺されるつらさを、自分が誰かを殺さねばならない瞬間を、人はいつのまにか忘れてしまうからだ。忘れているのに知っているつもりになる。だから間違う。知らないのに知ろうとしない。だから失敗する。

すくなくともこれだけは言える。何が大切で何がどうでもよいかの判断は、知ってから初めてできる。知らなければ判断もできない。

僕は知りたい。知らない自分がいやだ。始まりと終わりは知っているのに、しかもその終わりは知っているどころか、毎日は自分の口の中にいれて『おいしいね』とか『ちょっと焼きすぎたかな』などと言っているのに、始めと終わりのその『あいだ』を知らないなんて、何だか落ち着かない。腰がむずむずする。だから僕は知ることにした。君にも知ってほしい。少しだけ残酷な描写も出てくるかもしれない。でも目をそらさずに読んほしい。きっと何かに気づくはずだ

部屋主の感想

オススメです。

非常に読みやすいので、是非とも全国津々浦々の小学校や中学校の図書館に置いて欲しい本です。

もしくはその年代の子を持つお父さんやお母さんが教育のテキストに使ってほしい本ですね。

お肉という身近なものをテーマに「知ること」の重要性をわかりやすく教えてくれます

こういうことを常に考えている方には物足りないとは思いますが、こういう本があるといつかどこかで誰かに教えてあげて欲しい一冊でもあります。

ただ、感受性の強い方なら多少気分が悪くなるかも知れません。

優しい方も同じように気持ち悪くなるかも知れません。

しかし、目を逸らさずに読んでほしい。

そんな一冊です。

抜粋

僕らは、とても忘れっぽい。言い換えればすぐに、目の前の現象や今の環境に慣れてしまう。これを思考停止と言う。少し話が大げさになるけれど、この思考停止がいくつも重なると戦争が起きる。回避する方法はいくらでもあったはずなのに、誰かが思考しなくなり、やがて皆の思考が停まり、そして戦争が始まる。すべて終わってから誰かが言う。『なんでこんなことになっちゃったんだ?』そこで皆は顔を見合わせる。責任者を探すけれど見つからない。それはそうだ。責任者は全員なのだ。でも誰もが、いつの間にかそれを忘れる。

だからしつこいと思う人がいるかもしれないけれど、何度でも書くよ。知ることは大切だ。知ったなら忘れないように、思うことを停めないように、何度でも深く心に刻もう

「『牛や豚たちはきっとこう思っている“僕たちは食べてもらって幸せだ”』と。・・・そんなごまかしやきれいごとを、僕はこの本に書くつもりはない。殺される彼らはやはり哀れだ。殺されて嬉しい『いのち』などありえない。幸福ははずない。僕が書きたいことは、彼らを殺しているのは、君であり、僕であり、僕たちすべてなのだということだ

前に書いた思考の停止、要するに麻痺だ。この麻痺がないと生活は維持できない。確かにそうだ。でも時には、この麻痺について、この矛盾にうちて、少しくらい考えた方がいい。僕たちはとても身勝手で矛盾した生き物だ。それが良いか悪いかは別にして、とにかく身の回りのほとんどは、たくさんの『いのち』の犠牲のうえに成り立っている。~僕らはどうすべきか。知ることだと僕は思う。知ったそのうえで、生きてゆくしかない。それはとてもつらいことだ。でもつらいからといって目をそむけてはいけない

歴史を学ぶときは、教えられたことを丸暗記するだけでなく、よく自分自身で噛みしめることが大切だ。~教科書や本に載っているのは一つの見方。それを頭から疑えということじゃない。でも他の見方もきっとある。大切なことは、いろんな見方があるということを覚えておくことだ

僕らは生きるために、ほかの『いのち』を犠牲にするしかない。『いのち』はそのように生まれついた。僕たちはそうやってほかの『いのち』を犠牲にしながら、おいしいものを食べ、暖かい家に住み、快適で便利な生活を目指してきた。

その営みを僕は否定する気はない。でもならば、せめてほかの『いのち』を犠牲にしていることを僕らはもっと知るべきだ。どうやって知ればよいか?しっかりと見るだけだ。眼を背けず見るだけで、あるいはきちんと見ようとする気持ちを持つだけで、きっと僕たちは、いろんなことを知ることができるはずだ

この抜粋を読んでいただけらもう何を言う必要はないですよね。

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でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相

書店でタイトルを見て気になったので購入しました。

第6回新潮ドキュメント賞を受賞していたのも意欲をそそられた理由の一つですね。部屋主オススメの「戦争広告代理店」「そして殺人者は野に放たれる」も受賞作です。

でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相 Book でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相

著者:福田 ますみ
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:A

内容紹介のようなもの

2006年6月、全国ではじめて「教師よるイジメ」と認定される事件が福岡が発生しました。

問題となった教師は担任児童を、差別的な言葉で攻撃凄惨な暴力をふるい、自殺も強要。結果、その児童はPTSDとなり長期入院を余儀なくされます。

教師は、子供の両親に告発され、それを嗅ぎ付けたマスコミによって「殺人教師」と糾弾して表舞台から姿を消しました。

しかし、裁判を通して、この一連の事実は児童両親による「でっちあげ」だということが次々と明らかになっていき・・・

気弱な教師が、保護者の虚言、言いなりの学校、メディアによって、「史上最悪の殺人教師」としてでっちあげられた冤罪事件の真相に迫るルポタージュです。

序章 「史上最悪の殺人教師」

第1章 発端「血が汚れている」

第2章 謝罪「いじめでした」

第3章 追放 停職6ヶ月

第4章 裁判 550対0の不条理

第5章 PTSDごっこ、アメリカ人ごっこ

第6章 判決 茶番劇の結末

終章 偽善者たちの群れ

部屋主の感想

実に興味深かったです。

1つの事件を通して、学校の抱える問題メディアの抱える問題精神医学の抱える問題などについて、色々と考えさせてくれる良書かと思います。

まずイラっときたのは校長に呼び出される場面です。いきなり呼びつけておい何を言ってるんだかこいつはと思いました。

会話には流れがあるということを理解していないのでしょうか。また説明を何もせずに「したか、しないか」だけを聞こうとするその手法の汚さに反吐がでます。

また、同僚の教師にも恵まれなかったのでしょう。やってないことを、保護者が言ってるからと認めていき和解していこうなどというアドバイスをなぜできるのでしょうかね。理解に苦しみます。

この教師の不幸の一つは、こういう愚か極まりない上司や同僚がいたことでしょう

校長に関しては、さらにイジメの実態があったかどうかのアンケートの設問の仕方がまたいやらしくて。質問方法に細工をすることで自分の望む結果を得ようとするのは学者の世界とかにもありますが、これをここでやって、一人の人間に人生を追い込んだこの校長はえげつないです。

教師本人の気弱さやへタレ具合も言いたいことを言ってクビになるタイプの部屋主からするとかなりイライラしますが、家族がいて周りから圧力がかかればこういう反応をしてしまう人は多いような気がしたりもしますので。

にしても「モンスターピアレント」。こいつら完全にイカれてますね。しかも夫婦そろって。こうなるとどうしようもないです。

裁判過程で次々と嘘がバレても平気な感じだし、悪びれた様子もないしで。こういう論理の通じない人間は本当に怖いです。

また、証言することによって嫌がらせが自分に向く可能性を考えて、証人が証言をしてくれないという問題も発生してきます。ほんと怖いです。

こういう問題はどうしたらいいのですかね?誰か妙案があれば教えておくれです。

で、PTSDを診断した医者。こいつがまた最低。精神医学や心理学についてはこのブログで色々と問題点についてしてきましたのでここではもうあまり触れませんが、これはないだろと思いました。

このPTSDの診断をもってして、マスコミも動いた側面もあるみたいなのでそう考えると・・・怖いですよ。

で、弁護士。内容紹介のところの「550対0」と、当初の児童両親についた弁護士と教師側についた弁護士の数です。

負ける勝負はしたくないというのはわかりますのでなんともですが、いくらなんでもこれは酷いかと思います。

裁判の結果にもイラっときますね。教師についた弁護士が「一番嫌なパターン」と言ってる通りムカっときます。

そして、メディア。これについてもこのブログで色々と問題点を指摘しましたのでここでは軽く触れるくらいしておきますが、こいつらも例にもれず酷いです。

あまり事実の成否を取材をせずに問題をただおおげさに面白おかしく盛り上げただけ

腐ってます。

あとがきで著者が「先立つ聞き込みによって、既存の報道から受けた先入観を払拭し、ニュートラルな気持ちで取材に望めたことが幸いした。この幸運がなければ、私もまた、川上を体罰教師と決めつけた記事を書いていたかもしれない。その差はほんの紙一重だ」が書いてましたが、これが紙一重ではいかんでしょう。

きちんと聞き込みをして、先入観を払拭してニュートラルな気持ちで取材せねばならないなんかは、取材の基本中の基本じゃないのですか、と愚かなヒキコモリの部屋主は思うですが、高い学歴と収入のあるマスゴミ様の世界では違うのですかね。

やれやれです。

この本を読んでいて思ったことは、たとえ誠実に生きていても、ある日突然こういう負の連鎖によって史上最悪の殺人者てきなレッテルを貼られてしまうかも知れないという可能性についてです。

怖いですよ。

ちなみに現在も裁判は続いているみたいです(本が書かれた当時は。今どうなってるかはまだ調べてませんのでなんともです)。

感想の最後に、この本事態が「でっちあげ」なんてことはないことを祈って。でないと部屋主も逆「でっちあげ」の加害者になってしまいますから。

そういう意味でも考えさせられる1冊でした。

部屋主がこの本から選ぶ格言

体罰というのは、子供たちが体罰と受け取れば体罰です」by校長

この思想は正直怖いと思います。何をもって体罰とするかは非常に難しい問題であり、今のところ単純に線引きできることではないと思います。

教師なのだから当然、子供に対し、指導すべきところは指導しなければならない。しかし、保護者の厳しい目が光ってる中で、その当たり前のことができにくくなっていた

色んな教育系の本で問題になってますよね。どうしたものかです。

自分が愛情を注いで指導している教え子の証言ゆえに、怒りよりも、情けなさ、やりきれなさの方が先にたった」by教師

担任児童の嘘の証言を聞いたあとの教師の感想です。これは確かにきついですよね。これよりまだマシですがこういう気分は部屋主もよく感じたことがありますので。

この事件は何かがおかしいなと思う人が表に出てこない、(中略)表に出てこれない状況が怖いのです。学校関係者も、建前的な対応のみで、本音の部分となると沈黙し、結果的に孤立無援状態となった私には、人権などまるで必要ないが如きです」by教師

この教師は事件発生段階で実名や住所が報道されたそうです。人権って何なのですかね。マスゴミさん。

複数の保護者は、裁判になったら証言してもいいとまで約束してくれた。ところが、いざ蓋を開けてみると協力を申し出た保護者は皆無だった~略~彼らは浅川側の怒りを買うのを恐れたのである~略~浅川一家の芳しからざる評判は保護者間ではよく知られていた

浅川というのはもちろんモンスターピアレントのことです。そして、みんな自分が可愛いということですね。やれやれです。

川上の体罰やいじめを信じて疑わなかった一番の根拠はやはりPTSDの認定である。前田医師の記者会見を開き、専門家がここまで言うのだから『体罰はいじめはあったんだな』と納得したという

川上とは教師のことです。にしてもマスコミのレベルの酷さには辟易としますね。こんな診断がクソみたいなものかは少し勉強すればわかるはずですから。

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心を商品化する社会 「心のケア」の危うさを問う

記事、遅くなってすいません。そのぶん気合い入れて書きましたので勘弁しておくれであります。

心を商品化する社会―「心のケア」の危うさを問う (新書y) Book 心を商品化する社会―「心のケア」の危うさを問う (新書y)

著者:小沢 牧子,中島 浩籌
販売元:洋泉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:A

内容紹介のようなもの

「心」の専門家が幅を効かせ、「癒し」や「心のケア」という言葉が流行する背景にある、作為的に「心」をモノとして商品化する問題性に迫ります。

第Ⅰ章 心理主義とは何か 小沢牧子 

1 心理主義をどうとらえるか

「心の」氾濫について、切り刻まれる全体性(分業管理体制の進行と対象への全体的視野の喪失)、社会的不平等を隠蔽し下支えする心理主義、などについて書いてあります。

2 心理主義浸透の社会背景

個別化の浸透、減少するライブ体験とそれ補えない心理主義について、なんでも即時解決を求める消費社会の進展と時間軸の消失、最後に残された大きな市場としての「心」、などについて書いてあります。

3 個性の序列化と心理学

優生思想と個性、学問と政治の結びつき哲学的視点の消失と統治者に利用される心理学、などについて書いてあります。

第Ⅱ章 現代生活に浸透する心理主義 小沢牧子

1 作り出された「心」ブーム

「精神世界」から「ココロ」へのブームの流れ、学会の動きと政界とのつながりと「心」の商品化流行の関係、などについて書いてあります。

2 「心のケア」の増殖

必要な援助とは何か、論じるべき問題を覆い隠しこれを免罪することにつながる「心のケア」、労働現場のカウンセリング、人とのつながりを阻むカウンセリング、犯罪被害にどう向き合うか、などについて書いてあります。

3 女性問題と心理主義

関係技法としての心理学とその問題点、女性問題と自己主張訓練と権力、自己表現手法によって失われるもの、悩むことに専門家は必要かという疑問、などについて書いてあります。

4 社会の心理主義化がもたらす諸問題

物事を全体ではなく個人の感情問題に焦点づけてしまう心理主義の問題点思索から感情へ問題をすりかえてしまうという問題点、心理臨床家の資格問題議論の経緯、心の問題を扱う場合の責任、資格によって誰が守られるかという問題、などについて書いてあります。

第Ⅲ章 「心のノート」と心理学 小沢牧子

1 「心のノート」の背景

心のノートはどんなものか、徳育と心理学の結合、などについて書いてあります。

2 「心の教育」から「心のノート」へ

学校への心理学参入の歴史、民間資格であるにも関わらず国家資格と思われている臨床心理士(他にも10種以上おなじような資格が日本には存在する)、スクールカウンセラーを事実上独占している臨床心理士大学院指定制と臨床心理士(特定の大学院を卒業しないと受験資格が取得できない)、使う側の都合でどのようにでも利用できる便利で危険な「心」という言葉社会的視点を失わせる心のノート時の権力者や時代の状況の様相に大きく左右される心理学、などについて書いてあります。

3 「国の子」への誘導

国家と心理学、ファシズムと心理学のつながり、などについて書いてあります。

第Ⅳ章 予防的心理学的まなざしの浸透 中島浩籌

1 広がる予防的心理学的まなざし

「心のサインを見逃すな」ということの問題性、などについて書いてあります。

2 治療から予防へ-予防的まなざしの心理学

予防と危機について、危機介入の問題点、心の健康-不健康という見方自体のあやうさ、などについて書いてあります。

3 コントロール社会と予防的まなざし

閉じ込め・監禁から地域管理・コントロールの流れ、管理・監視テクノロジーとしての心理学、無限の介入可能性心理的介入の効果という問題性(有効だったかどうかがわからない)、心の専門家に頼ってしまおうとする教職員現実的具体的問題からの逃避させてしまう心理的まなざし、などについて書いてあります。

第Ⅴ章 成長促進のまなざしと自己実現 中島浩籌

1 心理学と自己実現の広がり

マズローの自己実現概念と産業界への浸透、などについて書いてあります。

2 自己実現を求める社会

教育界と自己実現、自己実現としてのキャリア形成、自己実現と能力を売り買いする労働市場の形成と生涯学習、能力開発とカウンセリング、などについて書いてあります。

3 自己実現の問題性

固定的アイデンティティから流動的アイデンティティの流れ、働くことに意味に悩む人々について、マズローの自己実現概念の危うさ自己実現社会と怠惰の関係、などについて書いてあります。

第Ⅵ章 解決ではなく問題を重視する関係 中島浩籌

1 問題解決を急ぐ社会

解がある問題と簡単に解が出ない問題について、人を苦しめ問題をすりかえてしまう解決を急ぐまなざしについて問題にされる悩みとそのまま放置される問題そのもの、などについて書いてあります。

2 解決よりも問題を

主体を追いつめる問い、問う力の重要性、などについて書いてあります。

部屋主の感想

内容紹介と抜粋コーナーが異常に長くなったので感想は短め・・・といいたいのですが、この手の業界に部屋主もいましたので、この本に関係しながらもこの本で言及されていないことについても少し触れておきたいと思います(ただ部屋主の知識はこの辺りおかしさについて調べていた数年前のものですので、現在とは違ってる可能性もあるのでもし間違っていたらすいません。教えてもらえれば訂正します)。

本書で何度も言及されるように、カウンセリングにはかなり色々な問題が存在します。

問題解決のために導入されているはずのカウンセリングがさらなる問題を生み出すし、そもそもその問題は解決できる類のものなかといったことをさらに考えてみなければならないと思います。

これらの問題については内容紹介や抜粋コーナーで触れているし、本書を読んでくれればわかるの思うのでここではもう触れません。

で、カウンセラー自身の問題です。

まず、この本でも臨床心理士の資格に関しての学会や政治の動きと、臨床心理士とはただの民間資格の1つだと書いてあります(確か国家資格にするという流れがあったような記憶もあるけれどどうなったのかな?とりあえずこの本が書かれた時点では)。

さて、この臨床心理士が事実上独占している職業にスクールカウンセラーというのがあります。

で、このスクールカウンセラーですが、「心のケア」流行で次々と生みだされた「臨床心理士」の臨時の就職先として作られたという噂を聞いたことがあります。あくまで噂ですが、学会と政府のつながりを考慮すると色々と邪推してしまいます(ちなみにこれを強く進めたのが先日亡くなった「河合」氏です)。

続いてこのスクールカウンセラーの養成過程ですが、大学院指定制度についての言及がこの本にもあります。上記したように指定の大学院を卒業しないと資格試験を受験できないというわけです。

民間資格だからそれもありかなとも思うのですが、この資格が市場を独占しているのですからこれは大問題でしょう。

さらにここからはこの本での言及はないのですが、この臨床心理士を生み出す試験やその他ものろもろについて部屋主の私見を述べたいと思います。

この試験の筆記試験の合格ラインは4割ということでした(数年前、複数のHP・ブログや人物や臨床心理士自身が述べていました。でも確実にそうとは言えませんが)。

大事な大事な資格試験の合格ラインが4割ですよ。車の免許でも9割、公務員試験の合格ラインも6割から7割と言われているのに。マジでビビリますよ。

でもこれで驚いていてはいけません。筆記試験を突破した人材が受ける面接についてです。

なんと、面接試験わずか10分だというではないですか(ちなみに臨床心理士の知人に聞いたところ、彼の場合は5分だったそうです)。

ようは4割の合格ラインのテストとわずか数分の面接で合否が決定するわけです。

大学院2年間の成績とかも関係あるかもですが、大学や大学院を卒業した方でしたら、いかにそのあたりの成績やらなんやらが怪しいことはご存知かと思われます(ちなみに部屋主のいた学部では大学院に来る人間がいないから、進学したいといった学生を、理事会が金のために進学レベルに至っていないのに入学させ、教授たちはいてもらっては困るとそのレベルではないのに卒業させるといったことがありました)。

そういうテストを突破した人間がスクールカウンセラーとしてやってくるわけなのですが、このスクールカウンセラーは、まともな精神を持つカウンセラーなら「やる」「やらない」ではなく「できない」というほど難しいものだそうです。

なぜ難しいかと問われると、この仕事は子ども達だけでなく、教職員や保護者にも対応せねばならなく、臨床心理というよりもソーシャル・ワーカー的な要素が強いのです。

しかも、大学・大学院のカリキュラムでは「病院臨床」や「民間相談機関」に対応していることが多く、「学校臨床」はそんなに得意ではないという情報もあったりします(少なくとも部屋主の通ってたところはそんな感じ)。

つまり、大学院卒業したての人間ではまずできない仕事というわけです(もちろん中には優秀な人もいると思いますが)。

なのに実際はそういう人物が学校にやってくるわけです。しかもこの就職(非常勤ですが)はコネによって決まる部分も大きいようです(少なくとも部屋主の知人はコネだったみたいです)。

もともとカウンセリングには様々な問題がある上に、それを行う人物にもこのような問題があるわけですから、もう何が何やらです。

さ・ら・に、このあまり役に立ちそうにないスクールカウンセラーはかなりな高給取りだったりします。部屋主の知ってるところでは時給5000円、1回8時間の勤務で日給4万円(週1だけど1人で複数の学校を担当できる)でした(平成17年で国の支援が打ち切られ半額になるということでしたが、どうなったのでしょうかね?半額でも日雇い派遣やってる部屋主から見ると半端ない高さです。ちゃんと仕事してくれるなら高くてもいいのですけど)。

はっきりいいます。税金の無駄遣いはやめましょう。もっとほかに使わなければならない場所があるでしょう。

確かに学校現場には何かしら援助は必要だと思いますが、このスクールカウンセラー制度ではいかなんと思います。

少なくとも、この本に書いてあるような問題点をクリアしてからにして欲しいものです。

・・・これについて熱く語る機会が欲しかったので、この場を借りて長々と語ってしまいました。すいません。

あと、上に書いた邪推にももう少し触れておかねば。

国を崇めさせるための「心のノート」と「カウンセリング」によって国民の「問う力」を削いで支配の構造を強めていきたい政府と、自分たちの利権である「スクールカウンセラー」と「将来のクライエント確保」を謀る学会の結びつき。

部屋主の邪推はこんな感じなわけですが、現状を鑑みるに、あながち間違ってないような気がするのですが皆様いかがでしょうか。

必要以上に長くなって・・・ってこともないと思いますが、当初に想定していた以上に長くなってしまったので感想はこのへんで(下の抜粋コーナーにまだまだありますし)。

こういうことを知らない人に情報を提示に問題提起をするという意味では良い本だと思います。

ただ、こういう現状をどう変えていくかには言及されていないのと(これが知りたかった)、知ってることが多かったので評価はBといいたけいところですが、問題提起本として評価Aをつけたいと思います。

この本から部屋主が選ぶ格言

「『心』に関する専門性が人びとの生活における状況的・社会的な要因を覆い隠し、問題を個人の責任に還元する構図は、あまねく存在している

これは前書きからなのですまったくもってそう思います。どう存在しているかはこの本を読んで少し考えてもらえればわかると思います。

カウンセリングは、狭義の治療という発想からすでに離れて、全ての子どもや大人への成長促進や内面の開発、また問題の予防や生活管理までも担おうとしている

怖いですよ、コレは。なぜ怖いかは・・・ここまで読んでくれた皆様ならもうお分かりですよね。

「モデルとして見習うおとなを見つける機会が少なく、仲間のなかでもまれながら人と人との関係の事実を学ぶ場にも恵まれない。個別化の環境に慣れているので、人に揉まれるのが怖い。その状況の中で若い人びとは、自分を成長させ自身を持つことのできる手がかりを探しているのだろう。そしてこの問題に手っとり早い解決方法などないにもかかわらず、不安や苦しさにかられて、心理主義的な世界と手法に幻想を抱く。カウンセリング業界の側も、カウンセリングは自己成長に寄与する方法を提供するものだと、宣伝する向きがある」

解決困難な問題を簡単に解こうする行為と、それにつけこむ行為。両方ともろくでもないです。迷惑さえなければ両方ともそのままでいいと思うのですが、そうも言ってられないことはここまで読んでくれてる皆様ならわかってくれると思います。

「実際には、個性に関する哲学的視点は、心理学領域においてはたやすく個人差への感心に移行し、ゴールトンやビネーがそうであったように、人間の比較・選別・排除の論理を提供する流れを生み出す。その論理と技法は、社会を統治する位置にある者たちによって要求され、歓迎されるからである。管理社会の色が濃くなるほどに、心理学はこうして人間管理の役割を担い、社会に重用され、人びとの意識に影響を及ぼしていく

いやほんと怖いです。実際にそうなのが怖いです。

職場、学校、地域、どの現場でも、時間のなかで共有されてきた問題の中身と解決の方向性は、現場がいちばんよく知っている。しかし、問題を現場から切り離さずに解こうとすることは、易しいことではない~略~しかし難しいからと切り離して専門家に問題をゆだねるとき、苦しみを抱えた仲間を、結果として排除するところにつながっていく

これを促進しているのが、そっちの方が自らに都合がよいいわゆる「上」の人と、自分たちが儲かるカウンセラーというわけです。

「『心のケア』概念はふたつの問題を含んでいる。ひとつは時間のなかで積み重ねられてきた日常の関係を断ち切るという問題であり、もうひとつは人の生活の全体性を崩すという問題である

どのようにしてこれらの問題が発生するかは読んでいただければ実によくわかると思います。実に重大な問題です。

「自己表現や自己主張の力は用意された正答に向けてのトレーニングによってではなく、考えを語りそれを分かち合い励ます、人の関係のなかから生まれてゆく。それに反して心理学主義的で手軽な技法の広まりは、人びとから悩み迷い考えぬく習慣を奪い、力を貸し知恵を借りあう関係の力を弱め、表現の意味をおとしめていくように思われてならない

前半はかならずしもそうとは思わないですが(本でもいいと思うので)、後半の考え抜く習慣を奪うというのには激しく同意、かつこれを最も部屋主は危惧しています。

「悩みを抱えた人はしばしば、次のような心境に追い込まれる。周りとの関係のわずらわしさによって傷つきたくない、これ以上疲れたくない、保護されたい、人に迷惑をかけ世話になって恩を着せられたくない、自分の弱みを知られたくない、金銭によって安全な関係を買えるものなら買いたい、などなど。一方、周囲の人びとはめんどうなことにかかわりたくないため、どこか見えないところたとえば専門家のところへ行ってほしいと願う。宗教や占いでは心配もあり、家族や友人として聞こえは悪いが、科学を標榜する心理学なら安全だし、申し訳がたつ。厄介なことを引き受けてくれる場があるのはありがたい。それらの要望に応える装置として、カウンセリング・心理療法が顧客を集める」

うまいこと言ってるかと思います。これまた両者ともやれやれですね。

専門家の資格作りが、いかに当の専門家の都合と縄張り意識に基づいているかが読み取れるであろう。心理士の仕事は、生身の人間を相手として成立しているのもかかわらず、患者、クライエント、利用者などと呼ばれる当事者の思いは無視されたままである

ふざけた話ですね。完全に舐めてます。部屋主の怒りは上記した通りです。

問題は資格によって誰が護られるのか、ということである。社会的地位、権益、報酬の面で、専門家自身が護られることは間違いない。しかも被治療者との関係でもめごとが起きた場合も、治療者側に有利な防衛手段にすることができるだろう

なんのため、誰のための問題性なのでしょうか。

治療場面で起こった問題やトラブルなど不都合なことは、相手の『難しさ』に帰結させる。相手が大変なので、仕方がないという言い方でことを済ませ、世間も専門性や資格の権威のもとにそれを納得してしまう

臨床心理士が医療過誤で責任を取らされた話題は、まったくといっていいほど表面にでない。それは『心』といい習わされる生き方の問題について、因果関係を立証することなどできないからである

「『資格がなければあやしげな宗教などにひっかかる人が増えるのではないか』という意見があるだろう。しかし資格で囲われた専門家の高い塀のなかでも、トラブルはより屈折した形で起きている。それが社会に見えないのは、被治療者が権威構造のなかで泣き寝入りをさせられたり、閉鎖構造のなかでことが隠蔽されたりするからである

心の専門家はまず自分たちを裁く基準をまず作るべきでしょう。偉そうなことを言い、高給をもらうよりもね。

専門家を含んだネットワークの広がりのなかで、生徒とのわずらわしい関係から逃れてしまいたいと思う教師が増えているという事実がある。理解しにくい生徒はカウンセラーにまかせてしまいたいと思っている先生も多くなっている。自分が培ってきた経験の枠組みでは理解できない生徒が現れた時、教師は思い悩み。そのひとりの生徒に振り回され、多くの時間をさくことになる。そんななか、そういった生徒に対応してくれる『専門家』が現れれば、そちらの方に生徒をゆだねたいと思ってしまう。もちろん、カウンセラーに対応してもらったとしても生徒との具体的直接的関係は消えはしない。しかし、それでもあれこれ悩むことは止め、カウンセラーのアドバイスに素直に従い、生徒との『問題』を考えまいとする人が増えているのだ。~略~教師はむしろわかりやすいアドバイスを出してもらいたがっているのだ。~では、生徒をゆだねられるカウンセラーのほうは生徒の具体的な問題提起を受け止めてくれるのだろうか。残念ながらそうとは言えないだろう

なぜそう言えないかは上の感想やこの本を読んでもらえればわかってもらえると思います。にしても長かった。

解決を急ぐまなざしは危機にある人びとを苦しめるだけでなく。問題をすり替えてしまう。当然、直面している問題は人それぞれで違っている。セクシュアリティの問題であったり、友人の問題であったりする。社会のあり方や学校制度への疑問であるかもしれない。『粋生きる意味とは何か』といった哲学的問題かもしれない。しかし解決を急ぐまなざし、すなわち心理学的予防的まなざしはそれを心の問題へとすり替えてしまう。~略~いずれにせよ、直面している問題は残っていく。『自分のセクシュアリティはどのようなものなのか』とか『自分はどう生きていけばよいのか』といった問題は『心の問題』として理解できるものではない。それどころか『心の問題』に還元してしまおうとするまなざしはセクシュアリティや生に悩む姿を見て、『不適応』というレッテルを貼ってしまいかねない。かつてはゲイの人たちを精神科医や『心の専門家』たちが『性的逸脱』と見ていたことを考えると、問題のすり替えは、問題に直面している当の人を『問題児』あるいは『問題な人』にしてしまいかねないのである

これだけ抜粋したら何を言わんかはいいですよね。これまた長くてすいません。

「『自分は・・・』と立てられた問いであっても、問題の成り立ちを個人の内面だけに求めることはできない。『問題』を心理学的に説明しようとしても無理がある。『問題』は社会や他の人たちとの関係のなかで生じてくるのだから

まったくもってその通りかと。

問うという行為は時にわたしたちのありかたを変化させ、他人とのかかわりかたや社会との関係の取りかたを根底から変化させてしまう力を持っているのだ。しかし、『心のケア』はこの問う力を鎮めてしまう~略~その結果『心の問題』や解決しやすい問題に焦点が合わされ、いつの間にか当初の問題は置き去りにされ、忘れ去られていく。わたしたちの暮らしのありかた、関係のあり方を根底から問うてくるような力を持った問題は横に置かれ、もっとインパクトの少ない問題へとすり替えられていくのだ。『手に負えない厄介な』問題に迫っていく姿勢を和らげ、『穏やかな適応』へと導いていく機能をカウンセリングは担っているのである。~略~こういった問題がいかに厄介なものだとしてもそれに迫っていく必要があるとわたしは考えている。なぜならば、その問題の多くはわたし自身のありかた、関係のしかたにも通底しているからである

これまた長かった・・・ここまで読んでくれた皆様感謝でございます。

あと、この本でも紹介・引用されている

カウンセラーは学校を救えるか―「心理主義化する学校」の病理と変革 Book カウンセラーは学校を救えるか―「心理主義化する学校」の病理と変革

著者:吉田 武男,中井 孝章
販売元:昭和堂
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:A

ですが、こちらも本書以上に部屋主はオススメですので是非ともあわせてお読みくださいませ。

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アメリカ最強のエリート教育

最近仲良くしてもらっているVIVAさんのブログ「本を読もう!!VIVA読書!」で紹介されていてるを見て興味が出たので購入してみました。

アメリカ 最強のエリート教育 Book アメリカ 最強のエリート教育

著者:釣島 平三郎
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:C

内容紹介のようなもの

1章「世界を動かすアメリカのエリート」では、アメリカの少数エリート層のこと、アメリカと日本のエリート比較、出世思考のエリートと本物のエリートの違い、ノーブレス・オブリージュ(高い地位や身分に伴う義務を果たすこと)について、生まれながらのエリートの存在、といったことが書かれています。

2章「日米の教育事情の違い」では、丸暗記教育の功罪、強い個性の優れたエリートの必要性、大学教育と国際競争について、社会人に開かれた教育、ことについて書かれています。

3章「エリート人生の出発点は名門大学卒」では、日本以上の学歴社会であるアメリカの実情、名門大学の入学難易度とそれぞれの学校の紹介、卒業生の優秀さ、エリートの初任給、エリートへの道である専門大学院と各種専門スクール、ダブルメジャー(2つ以上の専門職大学院の卒業)、大学の戦略的運営、インターンシップ、といったことが書かれています。

4章「スーパーエリート教育機関」では、ボーディングスクール(寄宿舎つき私立の進学準備校)、プッシュ型教育(護送船団方式教育)とプル型教育(エリート選抜教育)、奨学金制度の違いとアワード(賞金)、結果平等と機会平等、といったことが書かれています。

5章「小学校から高校までの才能教育」では、伸びる子を伸ばすアメリカの教育制度、親が指導するホームスクール、得意分野を伸ばす教育、情操教育と宗教教育、産業界による教師の教育、といったことが書かれています。

部屋主の感想

日本以上の学歴社会である「アメリカのエリート教育」がどういうものかということを知るという点では、知らないことが多くとても勉強になりました。真のエリートの理想像もいい感じですし、アメリカの教育と日本の教育を比較しているのも悪くないと思いました。

ただ、基本的にアメリカの教育万歳なところが部屋主個人としましてはかなり気に食いませんでしたので、終始かなりイライラしながら読みました。

著者の主張が正しいとすると、アメリカの真のエリートは「ノーブレス・オブリージュ」や、「ミッション・ビジョン・パッション」がしっかりしてるはずなのですが、そのアメリカの真のエリートたちが現在世界でしてることを考えてると(アメリカ一国主義・イラクでの戦争・環境問題などなど)、とてもじゃないですが部屋主には彼らが真のエリートとは思えないのがその理由です。

また、日本の教育の問題点について様々な提言や批判をしているのですが(その問題点への言及は妥当かと部屋主も思います)、基本的にそこにアメリカの教育制度を入れれば問題は解決するというようなスタンスなので、そこもかなりイライラする点ですね。

もちろん生涯学習やアワード、ダブルメジャーや大学町といった、これは良いと思うものや導入してはどうだろうかと思う箇所もあるのですが、アメリカと日本には色々と違いもありますし、経済優先といった感じのアメリカ式の幸せ(人から搾取してなんぼの)をすべての人間が喜ぶと思ったら大間違いだと部屋主は思うからです(もちろん部屋主は全面的に経済的なものの考え方を否定するわけではありません。今の日本、特に公的なところには効率の導入は必要不可欠と考えています。ただこの本では経済的思考の弊害については述べられていないのがマイナスポイントですね)。

アメリカ主導の押し付け的なグローバリゼーションによって世界がどのようになったかの、功罪の功の部分しか著者は見てないのでしょうか?刻々と変化する国際情勢についていけるエリート教育といってますが、その構図を作って周りを無理やり巻き込んでいるのは誰でしょうか?

確かにこれらの功により部屋主たち日本人は多くの恩恵を受けていますが、それでいいのでしょうか?逆に色々と考えさせてくれます。ここを見てくれてる皆様も考えてくれると部屋主はとても嬉しいです。

他にも色々とツッコミたい点はあるのですが、なんかうまくまとまったのでこのへんで(あまり長くなるのもあれですしね)。

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数学的思考法

お待たせしました(というか待ってくれてる人いるのかな・・・)。一週間ぶりくらいの真面目な本の紹介です。

いつも通り部屋主の独断と偏見で恐縮なのですが、世の中には論理的な考え方をしてる人が少ないように思えてなりません(とりあえず部屋主の周りには多々います)。話をしていても論理的でないので非常にわかりづらいし、こちらが説明するのにもとても苦労します。議論の場になるとさらにこれがややこしくなります(理由は説明しなくても大丈夫ですよね?)。

前置きが長くなりましたが、日頃からこのように思っていた部屋主は、本屋でタイトルに惹かれ、前書きの「算数・数学は与えられた条件のもとでいろいろと『考えること』を学ぶものであるはずなのに単純な計算練習の数をこなし~」というところを読んで購入を決定しました。偉そうなことを書きましたが、部屋主自身まだまだ勉強不足なので、論理的な力をつけるためにという理由もありますよ。

数学的思考法―説明力を鍛えるヒント  講談社現代新書 Book 数学的思考法―説明力を鍛えるヒント 講談社現代新書

著者:芳沢 光雄
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

部屋主の独断ランク:A

内容紹介のようなもの

この本は、算数・数学で学ぶことのできる論理性が、経済・ビジネス・政治問題・社会問題を考える上で役に立つということ、そして、役立てるための思考技術やヒントについて解説しています。また、現在の算数・数学教育の問題点についても言及してあります。

1章「間違いだらけの数学観」では、「やり方(問題の解き方)だけではいずれ忘れるので、『やり方』の理由と背景を考えることの重要性」、「地図の説明の重要性」、「インドの数学教育と日本の数学教育の違い→証明や試行錯誤の重要性」、「マークシート問題の欠陥→一般化の重要性」、「タテ割りによる教育行政の問題点」、「結論だけを求める傾向の問題点」、「戦略的思考の重要性」といったことが書かれています。

2章「試行錯誤という思考法」では、「子供に算数・数学を教えるコツ」、「ひらめきは試行錯誤の末の必然ということ」、「誤りを見つけて修正する力、『自らを疑う試行錯誤・見直し』の重要性」、「仮定の重要性」、「条件の変更と、その事前予測」、「入学試験の得点分布の問題点」、「定性的なことは暗記、定量的なことは試行錯誤」といったことが述べられています。

3章「数学的思考のヒント」では、「多変数的発想の重要性」、「直感的イメージをまず掴み、後から論理的な学習を行うという方法もあるということ」、「規則性の理解では、2よりも3を使ってみること」、「対象を置換してみること」、「同型の発想で扱いやすい世界からヒントをえること」、「類別」、「場合わけ」、「質問方法の重要性と問題点」、「期待値という考え方」、「まめにデータをとることの重要性」といったことが説明されています。

終章「『論理的な説明』の鍵」では、「『論理』からの説明と『データ』からの説明の違い」、「『仮定から結論を導く』ことと『全体のバランス』と論述能力の重要性」、「論理的な文と否定文」、「背理法の落とし穴」、「統計的なものの見方」といったことが解説されています。

部屋主の感想

部屋主は一応教育系のバイトらしきもの(かなり説明しにくいのですが塾とかではないです)をしているのですが、そこでは以前、有名な「100マス計算」を導入しました。この本のまえがきで思考力を養うことにはつながらないと批判されている、処理能力をあげるだけの条件反射的丸暗記とはおそらくこれのことでしょう(もちろん計算力をつけることの重要性は著者も認めていますよ)。部屋主も著者と同意見です(この本では書かれていませんが、100マス計算にもメリットは色々とあります)。

この本とは少し関係ないのですが、部屋主のバイト先では100マス計算は失敗に終わりました。原因は多々あると思うのですが、一番の問題は環境だっと思います(部屋主と同じように計算を行う環境について論じている本もありました)。で、ここで何が悪いかというと、この本でも書かれているように、このような方法が「救世主」であるかのように受け取られている現状についてです。

少なくとも、何かを導入する場合、それが成功するかどうかの算段をつけてからやるべきでしょう。部屋主のバイト先の場合は、市からの委託事業ということで税金が投入されている(らしい)ので、この作業はもっと厳格にすべきはずなのに、ただやりはじめて失敗したというわけです・・・

この本で批判されていうように、事前予測をせず、ただ結論だけを求めて、思考錯誤をしなかった結果です(タテ割りの問題や修正する力のなさも加わるかな)。部屋主の周りだけがそうならいいのですが、この本ではこれらの現状について、ちょこちょことつっこんであるので、どうやらそうではないみたいです。つまり、教える側の思考能力がすでに悲惨な状況にあるということです。この部屋主の例を読むと、内容紹介で書いたような数学的な思考法がいかに重要であるかがわかるかと思います。

他にもこの本では、部屋主がここまで何冊かの本を紹介してその問題に触れてきた、「メディアの問題」や「操作的な統計資料やその質問方法(ここでは心の問題を扱う人たちへのごく簡単な批判もなされています)」といったことについても簡単ですが言及されています。そういう意味でもオススメです。このエントリに興味をもった方は「ご臨終メディア」や「社会調査のウソ」もチェックしてみてくださいね。長くなってきたのでこのへんで。

この本から部屋主が選ぶ格言

数学に限らずあらゆる分野の客観的な議論において、計算はほとんどどこかで行われているものだ

ゆえに数学的思考は重要なのだと思います。

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